サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【IZM訳】2017年 今年の歌謡アルバム

【IZM訳】2017年 今年の歌謡アルバム

 

2012.12
http://www.izm.co.kr/contentRead.asp?idx=28926&bigcateidx=19&subcateidx=20&view_tp=1&view_sort=1

 

アルバムの響きは、単独の曲よりも強烈だ。 いくつかの曲から織り成されるアルバムはそれ自体でミュージシャンの志向、アイデンティティ、内面を、重くまた繊細に説く。 盛り込んでいるものがどのくらい膨大であればアルバム、つまり写真帖と表現するのだろうか。どれだけアルバムが品薄の時代だと言われても、堅固なテーマと流麗な音楽性で今年を沸かせた作品10枚を紹介する。 文の順番は順位と無関係だ。

 


CODE KUNST「Muggles'Mansion」
継続して違うタイプのものを示す曲が耳を離させない。暗いトーンと粗いリズムのビートからある程度今時のスタイルに従うが、明らかな枠組みを繰り返してはいない。 CODE KUNSTは曲にブルースとロック、ジャズの息吹を注入したり、時にはR&Bを中心の様式としれ選ぶことで15種類のメニューの豪華なコース料理を完成させた。いくつかのトラックの末尾に加えられた弛緩や変奏は興味深さを育てる。 音色、フロウ、唱法がそれぞれ違うゲストミュージシャンたちはしっかりとした材料であるだけでなく、曲の風味を増幅するスパイスの役割を全うしている。 聴き良いアルバムだ。
(ハンドンユン)

 


DAY6「Sunrise」
アイドルを超えてそのまま「良いバンド」を発見したと言いたい。このアルバムの中の14個のトラックは、これを如実にそして忠実に証明する。 毎月曲を作って公演をし培ってきた経験は、創作に対する感覚を鋭く鍛えており、同時に自分たちの進むべきところを明確に認知するようにさせていった。全面に押し出した演奏パートの存在感、様々なボイスカラーが重なって放つスペクトルは良いメロディーに乗って「普遍的なロックミュージック」の基準を提示するに至った。

 

深くなくコンセプトとして活用するアイドルバンドたちの失敗や大衆性不足というアンダーグラウンドバンドの盲点、これらをすべて埋めて出して提示した結果物は、さまざまな方面からの編曲としっかりしたソングライティングで同じジャンル内においてはっきりとした比較優位を占めている。 同時に、ランニングタイム中にあからさまなアラがなく、いい曲が相次いで聞こえてくるFull-lengthとしての完成度も拍手を送りたい部分だ。タイトルのように新しい太陽が昇る姿をこの作品を通じて見た。
(ファンソンオプ)

 


キムテギュン「緑の理念」
アルバムは華やかではない。 ヒップホップシーンに流行のように広がったswagは影も見られず、メロディアスなフックで大衆に好みを合わせたりもしない。 ひたすら中身だ。声とみっちりとした歌詞で自分の物語をお届けする。 つまりアルバムは見やすいとか、あるいは耳触りの良い伊達ではなく、自分が歩んできた道に対する完成度の高い結果であり、隙のない自己錬磨の記録物なのだ。

 

全般にただよっている叙情性が優先して視線を虜にする。 重い雰囲気にゴスペル風コーラスが頻繁に味付けをしてその上に自分の信念、視線、悩みを鋭く押し上げた。 ここに1文字も流さずによくかんで飲み込むラッピングが、訴える力を伝達して英語ではなくハングルだけで構成された歌詞は彼のストーリーに対する理解度を高める。 誰の耳元にでも食い込む鋭いラッピングやラッパーTakeoneではなく、人間キムテギュンの苦悩が盛り込まれたアルバム。ヒップなものだらけの本質が曇ったヒップホップというものをうかがわせている。
(パクスジン)

 

 

FANA「FANACONDA」
4年以上ぶりに帰ってきたが、例の「ライム爆撃」は依然として無差別に断行される。 その爆撃の投下地点は一次的に大衆化というガラスの名声で産業災害を引き起こした、「SHOW ME THE MONEY」だ。しかし、怒りは偽り、偽善、差別、犬の群れ根性の全ての世界へと範囲を拡大する。 クイックな「Do ya thang」であれ、悲壮な「殉教者賛歌」であれ、「ペンの出血過多」の産物である言語配列、語彙羅列を追うことだけでもアルバムは価値を持つ。

 

腐敗した酒類で自らを「島流し」にしながら「来ないあの日、来ないその日」であることを知っているが、それでも再び盾と剣を握る不屈の態度。 やはり青春とラップは慨嘆と怒りを火薬で打ち上げる矢であることを証明する。 彼だけの音色と長い呼吸で灰をまくような風刺劇の変死のようだが、知恵と真に充満したメッセージはほとんど説法の水だ。胸がスカッと抜けるようように痛快だが、我々はおのずと同時に深く自分を反省する。
(イムジンモ)

 

 

イスンヨル「요새드림요새(ヨセドリームヨセ)」
クリエイターではなく消費者の利己的な立場からは、「自分の音楽をコンテンツが飽和状態であるメジャーな音源サイトに投げておくのが嫌だった」という彼の固執にはさほど共感できなかった。 これは耳によく残る「Why We Fail」以降、簡単には消化しにくい音楽と大衆からは距離を置く行動と重なって、さらに寂しい気持ちにもなっていた。とにかくのイスンヨルの6番目のアルバム「ヨセドリームヨセ」は、海外の音源サイトでの決済を敢行した少数だけが聞いたし、聞くことができるアルバムである。 それでも2017年の歌謡音楽界を整理する決算に閉鎖的なアルバムを置いている理由は、その他の今年のメジャーミュージックでは発見することが難しかった、音楽に対するミュージシャンの作家主義的態度のためだ。

 

いつもの試みと実験を繰り返しながらも普遍的な情緒を溶かしこむスタイルは、「ヨセドリームヨセ」に到って余裕すら見せる。 難解に感じたトラックまでもが以前のものたちに比べれば容易で親切だ。 あえて解体して解釈しなくても充分な楽しみを満喫出来る作品だが、正確な意味を導き出すことは困難なアルバムのタイトルと、茶目っ気あふれる歌詞で始まる曖昧さの中で各自意味を与える楽しさが「ヨセドリームヨセ」の密かな価値だ。 イスンヨルの小憎らしいブルースにもう一度心を動かされる。
(イテクヨン)

 


キムオキ「Fuckingmadness」
このアーティストを定義することはさらに難しくなった。 新しいバンド「Fuckingmadness」とともに帰ってきたキムオキは「親日清算」をモットーに掲げた余裕のあるアシッド・ソウル〜ヒップホップ〜パンク〜ジャズを展開する。 「小人が打ち上げた小さいボール」から「激動の韓国現代史」まで歴史と現実を描く炯炯たる眼光に一度驚いて、ジャンルの壁を自由に行き来する逆説のメッセージにもう一回驚く。 挑発的なタイトルと強烈なメッセージとは違って、キャリアで最もロマンチックなサウンドで、アプローチ性まで広げた。

 

悠々自適のリズムのように聞こえるが、オーケストラ的バンド演奏から成し遂げた「意図された改訂版」だ。 プロデューサーのポーカーフェイス(4kapas)が鋳造したビートとキムオキの無我の境地のサックス、バンドの流麗ながらも緻密な演奏は、それ自体で熾烈な芸術家たちの「凄まじい狂気」だ。 15分に達する「Fuc ma dreams」から反語的なタイトルの「Banjai Kankoku(ばんざいかんこく)」まで曲、メロディー、音のひとつひとつが容易に消費されない。 重ねて地平を広げていくキムオキの「Fuckingmadness」はさらに熱いものとして扱われなければならない問題作だ。
(キムドホン)

 


EPIKHIGH「WE'VE DONE SOMETHING WONDERFUL」
2014年の「SHOEBOX」と彼らの成功的復帰を記憶している。9枚目のアルバムでも気楽で叙情的な作法で、収録曲の末尾に置かれたいくつかの名前をEPIKHIGHの中に吸収している。 「Born hater」の続編「NO THANXXX」と空虚さを盛り込んだ「HOME IS FAR AWAY(空車)」他、ヒップホップの質感が自然に共存するアルバムは、彼らが14年目まで大衆のそばに存在できた理由を物語っている。 もっと派手な喝采を描くこともできるだろうが、逆に以前まではあまり使われないような歌詞と悩みも率直に盛り込んでいく。 アルバムを聴くほどじいんとくるのは、輝いたグループの頭のよさよりも、私たちが年を取った分彼らも時間を抱いてきたという事実だ。

 

功労を過去に閉じ込めるには、EPIKHIGHは依然として大切で特別なグループだ。 意味もなく充満されるラップが増えるほど、彼らの言語が持つ重み、それだけ書き記したペン先には責任感がにじんでいる。 不完全な青春が音楽の中に活発に表現されている今も、熱病と弱さをタブロほど比喩する人がいないことを改めて悟る。 歌詞が好きでラップを覚えていたHIGHSKOOLはもはや「US AGAINST THE WORLD(大人の頃に)」と「Munbae−do(文培洞の行きつけ)」の内容を胸で感じるほど成長して共感する。 音もなく傷をつけて作った歌で、EPIKHIGHは強固に立っている。
(チョンユナ)

 


キムチャンフンとブラックストーンズ「キムチャンワン」
巨大なコラージュだ。 「真理が君逹を自由にするだろう」ではしっかりとしたハードロックの呼吸を、「口を固く閉ざしている」ではヘヴィメタルの重厚さを、「息」では、重厚な敍情を、バーバレッツと共演した「ラブ・シンドローム」では軽くよく弾むロックンロールをそれぞれ入れた。 このお互いに違う個性の音楽がキムチャンフンという巨大な溶鉱炉を通過して一つのスタイルになってゆく。不思議なほどだ。 先輩のキムチャンワンとともに、サヌリムの伝説のメンバーとして音楽を体現した人だけが使える余裕と貫禄ではないか。 この独特な調和は計算で作り出した「一貫性」というよりは、あれこれ意識せず、ただ全身で穴をあけてしまう巨匠の大規模な「貫通力」に近い。

 

2017年に過去を呼び出すということを単純な「再現」以上に引き上げるためには、多くの悩みがあっただろう。ここでは、ギタリストでありプロデューサーであるユビョンヨルが決定的な役割をする。 ロックジャンル全般を行き来するしっかりした演奏力で過去と現在の間に堅固な橋を築いたのだ。5.18光州民主化運動に献呈する悲壮な大曲「初恋、光州だ」では国楽のクロスオーバーの上に秀麗なロックギターソロを見せてくれて、「キムチャンワン」ではサヌリム特有のお茶目なサイケデリックに自然に溶け込んでいる。 新しい服を着て現れたロックの兄貴分の堂々とした風采!サヌリムは、ロックは、まだ依然としてある。
(ジョーヘラム)

 


Legit Goons「Junk Drunk Love」
ゆっくりして、だるく、時折怠けたりもする。 どれほど熾烈に生きているかを証明することに血眼になった世の中で、彼らは自分たちがいかに面白く遊ぶかを見せるのに忙しい。 豪華で戦利品に満ちたナイトライフからはまた、距離が遠い。 ハンバーガーを口いっぱいに頬張ってコーラで口の中を適当に適時報告書は、酔って視するところを探し求めて離れてまた、歌う。

 

興味深くもLegit Goonsのこのくだらない話の向こうには、緻密な構成が後押ししている。 緩いグルーブの上にはファンキーで少しジャジーな、じわじわとロッキングするビートが乗っていて、しっかりしたラップは多彩にレパートリーを解決するうえ、フックはこの上なくキャッチーだ。ごちゃごちゃとしたテーマの後ろに高い完成度を隠した面白い作品、ジャンクフードとアルコール、タバコの煙、そして夏と浜辺、愛を向けて愉快に紅潮を帯び、ハンチャンミは「Junk Drunk Love」を特別に作った。
(イスホ)

 


オンニネイバルグァン(姉さんの理髪店)「ひとりでいる人たち」
やれるだけやった。 できることを尽くした。 そしてやってみたいことも尽きた。 「最後の」という約束を置いて作られたアルバムは、惜しい気持ちを残さないために惜しげもなく消耗した。 IUとのコラボレーションとメランコリーなシンセポップに変わったことも、その過程の一つだ。 このような変身は乗ってアルバムとははっきりと異なる質感で見えますが、事実スタイルが少し変わっただけで、テーマや歌詞の内容は依然としている。 冷笑的で乾いて見えるが、彼らは何より「人」と「心」に満ちている。

 

イソクウォンは「5集のように苦労してアルバムを作らないと決心した僕たちが、それよりも長くて険しい過程を経験することになろうとは思わなかった」と新しいアルバムの感想を明らかにした。 本人たちの性に入りこまず、推敲に推敲を重ねた「研いで手入れした」音楽だ。 あまりにも滑らかなサウンドと、むしろ彼らの強迫と尖らせている神経が感じられるほどだ。 しかしそうやってアルバムを発売したというのならば、誰よりも信じて聞くことができるオンニネイバルグァンではないか。
(キムバンヤ)

【Vogue Korea訳】アイドル予測2018

【Vogue Korea訳】アイドル予測2018

 

2018年1月3日
http://www.vogue.co.kr/2018/01/03/아이돌-예측도-2/‬

 

毎日のように変わるのがアイドル市場というものだ。 2017年もやはり想像のできなかった結果が現れた。急変する時流を見通すことはとても慎重なことだ。 しかし、目下の流れを少しは予測することができるキーワードがある。

まず、Mnetの「プロデュース48」だ。 101人が48人に減少する意味は多分ないだろう。 48は日本のAKB48をはじめ多くのアイドルグループとなった「AKBフランチャイズ」から始まったもので、人員ではなく象徴的な数字だ。 AKBの秋元康プロデューサーは音楽を媒介にした複合コンテンツを設計する人だ。 彼が提供する最大規模のスペクタクルは、もしかするとアイドルそれぞれの意思とは関係なく、全権を振るって彼女たちの運命を牛耳った場面だ。 考えてみれば、「プロデュース101」が持った最大の成功要因は、大衆が練習生たちに愛着を持つことが出来るように放送局が悪役を担当することだった。その役割を秋元が引き継ぐ可能性が高く、彼はこの悪役をぞっとするほどよく演じられそうだ。 MnetはMnetで「プロデュース」シリーズのフォーマットを通じて具現できるアイドルモデルを着実に実験してきた。今年も我々は呼吸するように悪口を言いながらも、何回も「pick」を謳う可能性が大きい。

 

2017年、ガールズグループの市場で注目しなければならないのは断然REDVELVETとTWICEだった。REDVELVETは「Red Flavor」の雄大壮厳なサウンドや「Perfect Velvet」アルバムの蠱惑的な趣向を通じてパフォーミング・アーティストとしての地位を主張するようだった。 TWICEは愛嬌をコンテンツの中心に置いたままさわやかで愉快な雰囲気の曲をリリースして、「Heart Shaker」で多少更に活動的な姿を見せたりもした。 二つのグループともに、非常に平面的な結果ではない。 彼らが持った「粋」を大衆が軽く受けいれ、食べられるように調節された方程式によるものだ。これについて異なる解答が両チームの位置を決めている。 「素敵な女性だが、今のところは愛嬌を見せたい」と「かわいい女の子たちが素敵な姿を見せてあげる」がそれだ。二つのグループが見せてくれるそれぞれにバランスは、2018年にもガールグループ市場の重要な二つの軸になるものと思われる。

 

これに加え、ガールズグループ出身のメンバーたちの「第2幕」も期待してみる必要がある。 2NE1、4MINITES、SISTAR、Wonder Girlsなどは2017年、私たちのそばを離れていったグループである。少女時代も公式に解散はしていないが、メンバー3人が所属事務所を離れて過去には戻れなくなった。ガールズグループの10年がこんなにも困難であるという事実を証明したのが2017年の闇だったとすると、およそ10年キャリアの女性ソロ歌手が突然増えたことが2017年の光だった。 ヒョナとソンミはガールズグループに所属していた異議の功徳を見せてくれた代表的な名前だった。 このほかにもアメーバカルチャーと契約したHa:tfelt(イェウン)をはじめ、ヒョリン、ソユ、チョンジユン、テヨンなどが一年を通して引き続き良好な作品群をリリースした。 2018年、彼女たちが見せる行動はKPOP産業が養成したアーティストたちがどこまで進めるのどうかを予測する指標になるだろう。

 

一方、ボーイズグループ市場はWANNA ONEという突風とそれによる廃墟だけが存在した。 まともに注目されにくい状況で野心的な結果を出したものの、残念な気持ちを残したボーイズグループを挙げるとすればきりがない。 さらに大きな問題は、新人ボーイズグループの生き残り自体が不透明になったという点だ。WANNA ONEが過ぎ去った後、私たちに誰が残るのかという強い疑問を残す。 一度「マイナー」の烙印押されれば再生することがなかなか容易でない市場でもあるからだ。それでも音楽的な試みを引き続き行って黙々と活動しているボーイズグループのうち、比較的新人に近い彼らにもっと注目したい理由だ。 彼らが2018年に慎重であったり、斬新な活動を通じて充実化を図っていく姿を見守ってほしい。 Golden ChildとSNUPER、PENTAGONをおすすめしたい。

 

防弾少年団も「KPOPでありながらKPOPではない」境地に到達し、神話的な米国進出を果たしている。 これを積極的に後押しするファンドム「ARMY」も類例のないモチベーション状態だ。 一部では、米国ラジオのプレイに影響力を持つ音楽アプリ(訳注:おそらくsportifyのこと。米国ARMYは韓国でのファンドムと同様にsportifyでのいわゆるスミンを仕掛けている)で防弾少年団の曲を集中的に検索するようにしているほどだ。防弾少年団がどこまで到達できるかどうか見守るのは2018年最大のスペクタクルになる公算が大きい。 「DNA」と「MIC Drop」など、急激な状況変化を機敏にコンテンツの中に引き込む防弾少年団がどのような曲を出して櫓を漕ぐのかも興味深いショーになることだろう。

 

アイドル市場の通称「3大企画会社」が2016年には大きく力を発揮できなかったと言われている。 2017年は、彼らが新しい道を模索する時期だった。 SMエンターテイメントはSKTとともに人工知能技術に乗り出し、YGエンターテインメントはNAVERと手を組んだり、プロデュース101」を意識したようにJTBC「MIXNINE」を試みた。 JYPエンターテインメントも従来と少し異なる息づかいを持ったStray Kidsのデビューを準備中だ。 いわゆる「中小の企画社」がのし上がってきてはいるがしかし、依然として大きな影響力を持って市場のパラダイムを提示する立場にある企業だ。 アイドル市場とメディア環境の変化の前にこれらが「恐竜」になることを拒否しつつそれぞれ実験をしていることだけは確かだ。 ゆえにもしかすると、新年には過去に想像しなかった奇妙なコンテンツに出会う可能性もあるかもしれない。 それが市場をどこに連れて行くものなのかを鋭意注視する必要がある。 ただ、「良い音楽」がその中心にあることを願いながら。

 

微妙(大衆音楽評論家 「idology」編集長)


<2018期待される優良株アイドル7組
(カㄱ・ナㄴ・ダㄷ順)>

Golden Child
予告もなく私たちの前に突然現れた野球少年11人。INFINITEのメンバーソンヨルの弟のデヨルがリーダーという事実を除けば、大衆に大きく知られたことはなかった同グループは、2017年アイドルサバイバル出身メンバーがいないグループとして唯一の意味ある記録を残した。 いい音楽とステージが持つ力だ。

 

The BOYZ
ちょうどデビューショーケースとステージを披露したばかりの彼らを人々はどう記憶するのだろうか。LOENの末っ子か、あるいは「プデュ」出身ジュハクニョンがメンバーのグループ?何でも関係ないが、少なくともデビュー曲「Boy」の統率の取れた舞台を一度でも見れば、確かに考えが変わるだろう。

 

MOMOLAND
ずいぶん世間擦れし、今は記憶も薄れたアイドルの「可愛気」をどのように鮮明に描くべきかに対する模範答案だ。グループ名が与える第一印象とともに漂う日本のサブ・カルチャーの香りの中、なぜだか身の毛がよだって身震いしたくなるようなキュートな姿がずっと記憶に残る。 デビュー曲「Jjan! Koong! Kwang!」から最近の曲「Feeze!」まで続く企画の一貫性も長所だ。

 

MONSTA X
デビュー3年目、ついに「感触」をつかんだ。 グループならではの猪突的でセクシーな面を生かした5枚目のミニアルバムのタイトル「DRAMARAMA」は、デビュー曲だった「TRESSPASS」以降このグループの魅力を最もよく見せてくれた決定的な一発だった。 彼らを「適当に好き」(訳注:DRAMARAMAの歌詞)というわけではない人々がだんだん増えているというのは心温まる噂だ。

 

今月の少女 LOOΠA
アイドルに関心がある人であれば誰でも一度聴いてみた事はあるだろうが、誰もその正確な概念を説明できない未知のプロジェクト「今月の少女」が2018年、ついに大フィナーレを迎える。なんと18ヵ月にわたって多彩に紹介された12人の「少女」がようやくひとつになって作り出すシナジーが非常に気になる。

 

PRISTINE
去年の夏発売した2番目のミニアルバムの結果が少し残念だったが、デビューアルバムのタイトル曲「WEE WOO」が残した強烈な印象は依然有効である。 特に「Black Widow」が見せた強烈なカリスマを決して忘れてはならない。 はきはきとして軽快な、グループが生まれ持っているエネルギーが爆発するまであと一歩。

 

PENTAGON
「一体いつブレイクするのか」という言葉はうれしいと同時に痛いものだ。実力があるというのは褒め言葉であると同時に、それにもかかわらず現実は冷たいという確認の印だからだ。デビュー以降数えきれないほどその話を聞いてきたPENTAGONは、そろそろその「いつ」を迎える準備に入っているのではないか。メンバーのフイを中心に、「DEMO」シリーズを通じて徐々に成長していくメンバーたちの姿は喜ばしい。

 

キムユンハ(大衆音楽評論家)

 

エディター:チョソヒョン

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

VOGUEコリアの原文記事、分かち書きがきちんとされてない箇所が結構あって読みづら...
ウェブ上の表示の問題なのかな?

 

この記事でそういえばYGは去年NAVERの資金提供を受けたというのを思い出し、MMAでのあれこれに少し合点がいったかも...JYPは元々LOEN(Melonの親会社)とあまり仲が良くないという噂はきいたことがありますが、LOENとNAVERカカオトークとLINEでライバル会社ですよね。それでも去年のアイドル音源ではこの2社のグループの曲が突出して売れたので、音源プラットフォームとして出さざるを得なかったのかもしれませんが。YGがNAVERと関係がなかった時期のMMAでは音源の売り上げが良かったYGのグループは普通に賞をもらったりスペシャルステージを派手にしていたので、去年の結果が不思議だったのですが。

【ize訳】滅びたオーディション番組が終わったら

【ize訳】滅びたオーディション番組が終わったら

 

2017.12.27
http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017122623457265303


JTBC「MIXNINE」とKBS「The UNIT」は失敗したといっても過言ではないだろう。 両番組とも放送二ヶ月目に入ったが、視聴率は低くなっているうえに話題性も微々たる水準だ。 最近は「MIXNINE」に出演中だったガールズグループDREAMCATCHERがブラジル公演を理由に辞退した。「MIXNINE」への出演がすでに決まっている海外公演に比べるまでもないという意味だ。 「The UNIT」は最近、中間順位発表を何のセットも設置しないままに進めた。 事情は分からないが、視聴率があれば少なくともそれよりは大きい規模で見せしようとしたのではないか。

 

失敗の理由は製作チームが分析することだ。 ただ、両番組があることを表現する必要はある。 「MIXNINE」の製作者ヤンヒョンソクYGエンターテインメント代表は、出演者の一人がアイドルをするには年齢が多いとし、「引退する年なのに何をしていたんですか」と言った。「The UNIT」出演者たちは審査委員のRainカムバック・ショーでダンサーの役割をした。 また、両番組の予選通過者は数ヵ月間宿舎で生活をし、制作陣が要求するミッションに出演した。 これらの出来事の前提には、番組の成功があった。 プログラムが成功すれば視聴者投票で選ばれる出演者たちだけでなく、脱落者たちも人気を得ることができる。 「プロデュース101シーズン2」の出演後爆発的な反応を得たボーイズグループNU'ESTが代表的な例だ。 しかし、「The UNIT」と「MIXNINE」の脱落者にこのような事は起こる可能性がほとんどない。 編集によって悪いイメージを得なければ幸いだ。 デビューが決定される出演者たちもプログラムの後光を受けることはない。「The UNIT」と「MIXNINE」が出演者たちに残したものは、少数の出演者たちにもう一度機会を与えただけだ。

 

両番組の出演者たちはデビューが切実な状況だ。 出演者たちの所属会社のうち一部は製作会社がデビューさせた後に解体させたり、すぐにオーディション番組への出演をさせた。 デビューもさせられなかった所属会社が適当な方法がないため、出演を選択した場合もある。 だから番組で注目される為には何でもしなければならない状況だ。 オーディションプログラムは、このような出演者たちに制作陣が望む全てのことをすることを要求する。 競争はますます厳しく、出演者は実力だけでなく、ごく些細な部分でも評価を受けている。 番組の楽しさのために特定の出演者の悪い部分を浮き彫りにすることも休む間もなく行われる。 代わりにオーディション番組は彼らに成功を約束する。 「MIXNINE」はYGエンターテインメントが製作して「プロデュース101」シーズン1を演出したハンドンチョルPDが演出した。「The UNIT」もKBSという大型メディアが乗り出すという点で広報効果を期待することができた。 この力を基盤に彼らは成功を保障し、それで出演者たちにあらゆる要求をすることができた。 しかし、両番組はすべて失敗した。 脱落した出演者たちは事実上何も補償を受けることがない。 両番組が今まで出演者たちにデビューを約束し、何かを要求することは不公正な契約に他ならない。 ほとんど何も得られない人にとって、YGとハンドンチョルとKBSの名前を無条件に信じろということだからだ。

 

「The UNIT」や「MIXNINE」は、多くの制作会社がアイドルグループを成功させることが出来なかったことで制作可能だった。 失敗したアイドルグループ、またはデビューすらしなかった練習生たちをオーディション番組に出演させる。 成功はしたいが、グループ製作にかかる負担は背負いたくないからする選択だ。 製作会社のうち一部は、オーディション番組出演後に得る反応によって出演歌手を契約解除するかどうかを決めることもある。 このような過程で、アイドルになることを望む人々はますます極端な状況に追い込まれている。 何年間も練習生生活をしてそれでもまともにデビューもできないまま、オーディション番組に追い込まれている。 予選を経て100人あまりの他の所属会社アイドルたちと競争しなければならず、その競争過程で制作陣の要求によってあらゆる舞台を作りすべてのものを上げなければならない。 ここで注目されればそれでも道ができるという期待からだった。 ところが、オーディション番組自体が滅んだ。

 

韓国のアイドル産業は、アイドルになりたがる彼らに成功を約束する。 代わりに成功に必要な時間と費用を放棄することを要求してきた。 いわゆる「3大企画会社」や人気オーディション番組に出演者たちが集まるのは、それだけ彼らが成功を保障したためだ。 今年のボーイズグループのアルバム初動販売量(初週にアルバム販売量)1〜5位は防弾少年団、EXO、WANNA ONESEVENTEEN、NU'EST Wの順だ。 このうちよく「3大企画会社」と呼ばれるSMエンターテインメント、YGエンターテインメント、JYPエンターテインメントの所属グループのうち、名前を載せたのは、EXOだけだ。 また、WANNA ONEはアイドルグループもリアリティ・ショーを通じて成功できることを示してくれた。 このようなリアリティーショーに強いのはYGエンターテインメントよりはMnetであろう。 もちろん誰かは成功する。 しかし、現在の結果は、その成功が移転のようにさらに大きな企画会社、もっと規模の大きいメディアの力だけでなるものではないということを示している。 「The UNIT」と「MIXNINE」の失敗はその例のひとつに過ぎない。 大手芸能事務所の新たなグループが以前のグループより低調な成績を収め、多くの制作会社はデビューアルバムを出すことすら苦労し、練習生がすべてのものを捧げたオーディション番組は滅びてしまう。 製作会社の規模までが成功を担保しないとき、研究生は一体何を信じて彼らの時間と機会や費用を投資しなければならないのか。

 

おそらく、ふたつにひとつの選択肢となるだろう。一部は防弾少年団、EXO、TWICEなど今最も成功しているグループの所属会社に入るためにさらに努力することだ。 それぞれのグループを連続して、またはボーイズグループやガールズグループを同時に成功させる会社の価値は非常にアップするだろう。 一方、製作会社が提示するシステムの外の方法を探す場合も増えるだろう。 WANNA ONEのメンバーのキムジェファンが「プロデュース101」に個人練習生の身分で出演してデビューする過程を見た練習生たちは、何を考えただろうか。最初から人気ユーチューバーとして経歴を開始し、アイドルになるケースも生じてくるだろう。 そして、どの場合でも所属会社に今より望むことが増えてくるはずだ。 自分をデビューすらさせずにオーディション番組に送り出す所属事務所に、何をもっと信じなければならないのか。 様々な問題とともに失敗した番組だが、Mnet「アイドル学校」は一つの兆候だ。 このプログラムは練習生の経験がなくてもオーディションを受けることができるという点を強調し、このプログラムを通じて結成されたガールズグループのfromis_9は実際すぐにデビューした。 それなら他の制作会社は何を約束することができるのだろうか。 過去には成功を、最近ではデビューを、オーディション番組たちはデビューできる機会を約束した。 しかし、「MIXNINE」と「The UNIT」はそれがいかに無駄なことなのかを証明した。 すでに彼らは、より多くの約束と目に見える保障をする必要があるだろう。 少なくとも嘘でもいいから。

 

文 カンミョンソク


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

音源販売量やガールズグループのアルバム販売量を載せないのは若干恣意的な記事の気はします。一時のプデュ熱がすでに収まりつつあるガールズグループの分野では、やはり現状いわゆる三大事務所が強い状態なので。


アイドルオーディション戦国時代をすでに過去に見てきた日本のオーディエンスにとってはぬるい考え方だなあと感じる部分もあり...何億かけても豪華製作陣を揃えても、技能レベルの高い子たちを揃えても、できたグループの成功が保証されるかどうかはわからないのがアイドルの世界というものなので、それを保証する事は誰にもできないとは思うんですよね。特に今回の2番組に限らず、過去にもデビューしたグループが成功しなかった韓国のサバイバルプログラムはいくつもありますし。成功しなかったからみんな忘れてるだけで...。

 個人的には何故YG・ハンドンチョル・KBS以前に、うまくいかなかったグループの始末を自らでつけられなかったり、デビューさせたりその活動を多少なりと継続させられる力がないのにアイドル練習生を集めてアイドルグループを作ろうとするそれぞれの参加練習生の所属事務所が最も罪深くないか?とは思います。だってみんなTV局や番組責任者に出てくれって直接頼まれた訳じゃなくて、基本的に所属事務所に言われて出演している人がほとんどなわけですし...非難の矛先がちょっと間違っている気もします。

 

女子プデュ組の現状を見ても、本来は番組の成否に関わらずそれぞれの本格的なデビュー後が本番なわけで、ある種のバブルに違いないプデュをなんでもかんでもの基準にしない方がいいよなあとも思います。

【ize訳】20代の芸能人として生きる│①本当に「努力」すればスターになれますか?

【ize訳】20代の芸能人として生きる│①本当に「努力」すればスターになれますか?

 

2017.11.21
http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017112023047288281


最近、ユンソンヒョン監督が製作する「狩りの時間」に俳優イジェフンとパクジョンミン、アンジェホン、チェウシクがキャスティングされた。 この記事には「忠武路の人気青春スターたち(スポーツ朝鮮)」という表現が付いた。 チェウシクは28歳、残りの三人の俳優は30代前半や半ばに入った。 反対にJTBC「MIXNINE」はYGエンターテインメントのヤンヒョンソク代表が28歳の志願者に「アイドルを引退する年」と述べ、議論になった。 俳優かアイドルかによって、20代で活動する芸能人の年齢について全く違う物差しが適用されているのだ。

 

あるアイドル企画会社の代表Aは「率直に言えば20歳を超えるとオーディションも受けられない」と話した。 現在、アイドルオーディション志願者たちはほとんどが小学生と中学生の年頃だ。キャスティング・ディレクターB氏は「Mnet『プロデュース101』やMnet『アイドル学校』を見ると、研修生の経歴がほとんどあるいは全くない10代たちがデビューし始めている。それだけ子供たちが早いデビューを夢見るようになると、20代までを見る必要がない」と話した。 アイドルがデビューをして人気を得る年齢はますます低くなる。 20代初めがアイドルとして勝負できるほとんど最後の年代という意味だ。 過去アイドルの練習生だった24歳C氏は「昔はデビューで落ちた時は1歳でも年をとる前に早くデビューしてこそ定着するという気がして、すぐ会社を移籍した」と言い、今は舞台に立つ考えはないと話した。 それだけアイドルまたは歌手になろうとする彼らは、今まさに大学に通ったり社会生活を始める年ですでに成否が決定される。 失敗した歌手、特にアイドルに再び機会を与えるという趣旨で放映中のKBS「The Unit」の出演陣も20代前半や半ばが多い。 彼らは10代の時からアイドルの準備をし、10代後半から20代前半でデビューする。 しかし、デビューが成功しなければすぐにグループが解体され、活動する居所を失ったりもする。 「The Unit」に出演したガールズユニットThe ARKもデビューアルバムが低迷するとすぐに解体された。

 

俳優を夢見る20代の状況は正確に正反対だ。 俳優を主にマネージメントする企画会社の関係者D氏は「忠武路やブラウン管での経歴のない20代の女優は使われない」と断言した。 彼は「キャスティング・ディレクターが拒絶するコメントは『経験がないですね』だ。 でも新人俳優に経歴がないのはごく当然のことだ。 その機会を作ってくれないのがもどかしい」と話した。 最近封切りした「見た」「犯罪都市」「ブラド」など多数の韓国映画は、少なくとも30代以上、その中でもほとんどが男性たち主演だ。 ドラマでも1990年代にはイビョンホン、チャインピョらがデビューしたばかりでドラマの主演となって、すぐにスターになることがしばしばあった。 その人気に乗じて映画の主演になったりもした。 しかし、最近ではSBS「愛の温度」に25歳のヤンセジョンが主演をしたこと自体が破格的なキャスティングとして受け止められる。 それだけ扱う作品の範囲と俳優の層が強固になったのも一つの理由だ。 メロドラマ中心から脱し、様々なスタイルの作品が作られ、若さと外見以上に作品に重みを与えるような俳優が必要になり、20代の女優たちが過去ほど急速に成功することは難しくなった。 しかし、20代の女優の多くは30代になっても主演を引き受ける「経歴」自体を築くことが難しいという点が問題だ。

 

過去にはKBS「学校」「四捨五入」のように10代後半から20代前半の俳優が出演するドラマが周期的に製作された。 しかし、最近はこの機会がほとんど消えた。 中年の男性たち中心の犯罪映画が産業の主流になった状況で、20代の女優が印象的な活躍を見せる機会はなかなか来ない。 現在、地上波ドラマ主演らも同様に、チャンナラ、チョンリョウォン、ハンイェスル、ソヒョンジンなど30代が主軸だ。 これらのうちソヒョンジンを除けば、すべて20代からシットコムとミニシリーズなどで人気を得た後、徐々に主演をしている。 それ自体が問題なのではない。 しかし、チャンナラ主演のKBS「告白夫婦」、ハンイェスル主演のMBC20世紀少年少女」は基本的に彼らの若い時代に対する回想をもとにする。 皮肉にもここ数年で20代のスターを最もたくさん発掘したドラマは今の30〜40代の青春を取り上げたtvN「応答せよ」シリーズだった。 現代の青春を扱うシットコムのような学園ドラマが消えて、その場所に懐古が入ってきた。 それも30〜40代を中心においた作品が大半である。 ドラマ作家E氏は「経済難で社会的雰囲気が悪いため、TVドラマももはや青年たちのさわやかな恋物語ではなく、疲れ果てた30代や40代のロマンスに移った。 だから20代の女優たちは彼らの後輩的な役割などがすべてだ」と話した。

 

現在、韓国の中位年齢(総人口を年齢順に並べた時、真ん中にいる人の該当年齢)は41.8歳だ。 また、昨年の40代の男性人口は425万人で、韓国の人口の中で最も高い比重を占める。 人口と所得も20代より多い人の力は大衆文化産業にそのまま影響を及ぼす。 MBC「無限に挑戦」JTBC「知っているお兄さん」tvN「三試三食」など人気芸能番組は40代の男性が中心となっている。 イヒジェ、シンドンヨプのデビュー時代のように20代前半にスターになる芸能人はなかなか見られない。 「無限に挑戦」の最年少固定メンバーは32歳のヤンセヒョンだ。 「無限に挑戦」はスト前まで中年の男性たちがゲームを習ったり、「YOLO」を掲げたりするなどの内容を放映した。 ドラマでは30代後半~40代男優が20代の女優とカップルになるケースが急に増えた。 すでに30代後半のコンユがtvN「鬼」では26歳のキムゴウンとカップルであり、製作予定のtvN「ミスター・サンシャイン」は40代後半のイビョンホンが27歳のキムテリとロマンス演技をする予定だ。 やはり製作予定のtvN「私のおじさん」のイソンギュンは10年前MBCコーヒープリンス1号店」で当時32歳であり、23歳だったユンウネに「おじさん」扱いを受ける富裕な男を演じた。ところが10年後にも彼は依然として20代半ばの女性に「おじさん」と呼ばれ、愛されるキャラクターとなる予定である。 10年が過ぎた。 しかし、30〜40代がメロドラマの主人公になる。 一方、20代の俳優たちが互いに愛しあう作品はミニシリーズやtvNのドラマで簡単に見ることはできない。

 

もちろん、20代のうちに俳優は早く席をとる場合もある。 SBS「あなたが眠っている間に」の女主人公スジは23歳、最近封切りした映画「7号室」の主演ドギョンス、またはD.O.は24歳だ。 彼らはすでに数本の作品を通じて、ドラマや映画の両方で主演級として定着した。 そして、皆分かっているように彼らは人気アイドルでもある。 アイドルで人気を得るとドラマや芸能どの分野であれ早く席を取る事ができる。 芸能人を夢見る10〜20代の大部分がアイドルになるために努力する理由だ。 アイドルは10代半ばの年齢でもスターになる可能性もあり、舞台で歌やダンスを一緒に消化しなければならない特性上、今の30〜40代が直接するのには難しい領域である。 しかし、それだけ競争は激化している。 最近のアイドルグループは、防弾少年団やTWICEのような同世代グループだけではなく、スーパージュニア、延いてはは神話とSECHSKIESなど20年余り前にもいたグループと競争する状況だ。 当然自分が属したグループが売れる事は難しい。 人気を得ることはまるで奇跡のように感じられるほどだ。 「MIXNINE」は、このような市場の状況を赤裸々に見せてくれる。 人気アイドルグループを多数デビューさせた大型企画会社代表の前にいろいろな企画会社が所属歌手を出し、歌手たちは、他の会社の代表がどうであれ自分を選んでもらいたい。 ヤンヒョンソク代表が「MIXNINE」でオーディション参加者たちに対して議論になるほど無礼なことを言った理由だ。 望む人は多く、デビューの機会は少ない。 彼らを選ぶ人の権力はそれだけ高まり、参加者は彼の言う事は何でも受け入れざるを得ない。 その中でも20代は一度や二度の機会を逃せば、最初からデビューする可能性がなくなるかもしれない。 今20代が芸能人がなるには、極めて狭い選択の幅の中で膨大な競争を勝ち抜かなければならない。 合格しても成功は保障できないし、それでも「努力」や「切実さが不足してデビューを果たせないという声も聞く。

 

ヤンヒョンソク代表は20代前半にソテジと子供たちでスーパースターになり、その時稼いだお金で20代後半に企画会社を経営し始めた。 しかし、今20代はオーディション番組から出て実力と人間性と過去、インターネット上に残した書き込みまですべての検証を受けた後、ようやくデビューの可能性が開かれる。 そしてそのデビューを審査するのは、まさに20代で急速にスターになって30代ですでに大手事務所を導いた40代、それでも男の人たちだ。 そして彼らは自分の前に立った芸能人志望生たちに毒舌を飛ばし、成功に向けて甘受しなければならないことについて力説する。 今の20代が芸能界で経験することだ。 そして、彼らをデビューさせる40代が享受しているものに関する話でもある。

 

文 パクヒア
校正 キムヨンジン

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

忠武路(チュンムロ)はかつて「映画の町」として有名だったそうです。

【idology訳】ジョンヒョン、あなたと去ったもの

【idology訳】ジョンヒョン、あなたと去ったもの

 

キムユンハ
by on 2017/12/28
http://idology.kr/9555

 

「評論家さんは、大衆性とは何だと思いますか」
一度彼に会う機会がありました。 いつもアイドルに関する話をしているけれど、音楽評論家という職業の特性上、直接歌手に会うことは極めて珍しい私にとっても特別な記憶でした。 2015年秋、当時彼が進行していたラジオに出演しました。 忙しい海外スケジュールのせいで放送を急いで録音していた中であり、さらに、初の単独コンサートを終えたすぐ次の日でした。 ライブや飲み会でとても疲れた状態だとしきりに謝罪の言葉を伝えながらも、オンエアに入るやいなや2年目のDJらしい巧みさを見せて驚いた記憶も浮かびます。

 

先の質問は録音中に突然彼が私に投げかけた質問でした。 連休にぴったりの快適な音楽を紹介するスペシャルコーナーだったのにまったく似合わない質問でしたが、彼は「普段評論家の方々と直接会う機会がないので」と了解を求めました。 多少唐突でしたが、普段から考えていた事をあれこれと話しました。 大衆が何なのかさえ明確に定義されていない状況で濫用される大衆性という言葉は、多くの好事家たちにとっても有用な概念だが、大衆性に対する正確な定義と正当な価値、再評価が必要であり、大衆性を音楽性の対立項目として扱われる事は認められない、「上手に」やれば意外に聞くことのない単語だと。そして付け加えました。 「ジョンヒョン氏とSHINeeは『上手く』やっていますからね」リップサービスではなく心からの言葉で、かすかな笑みが行き来したように思います。

彼と私が交わした話は放送では聞けませんでした。 コーナーの性格にも合わず、選曲の長さも長かったので放送時間に合わせて曲を何曲か抜かなければならないほどでした。 そんな風に多少無理やり行き来したあの対話が、その後でも私には結構長い間記憶に残っておりました。 そしてこの記憶は、彼が世を去ったというニュースが伝えられてたその日、私を捉えた多くの思考の真ん中に再び浮上しました。 そして考えました。 ああ、そういう人だったのだなと。

 

今はいない誰かに対する文章を載せたり、このようにささやかで個人的な話をしてもいいのかずいぶん迷っていました。 彼ともっと近い、彼をもっと愛した人たちも耐えている今、軽い一言を与えることがむしろ迷惑にならないのかと悩んだりもしました。 それでもこのようにいくつかの文字を書く勇気を出すことができたのは、私が記憶していたあの小さなエピソードのように、彼を心に置いた人たちの胸の中にひとつひとつ刻まれた彼の記憶が、それぞれ別々の光で輝いて彼を送ってくれているのだろうという事実にふと気付いたからです。

 

誰かにとっては大切な家族、友人、同僚だったし、誰かにとっては毎日午前0時ごとに変わらず夜の挨拶を交わしていたDJだった、誰かにとってはありふれたアイドル歌手の一人だった、また誰かにとっては、夢や呼吸そのものだった人でした。 そして彼は世の中の認定とは関係なく、すべての席で最善を尽くして輝きました。 そんなにまでする必要はあるんだろうかとか、多少なりと負担なのではという言葉を聞くほど、休まずに歌って、踊って、聞いて、努力して、作っていました。たぶん、彼の日常も大きくは違わなかったはずです。 なぜそう思うのか。言いたいことや知りたいこと、やりたいこと、時には世の中の無視を恐れてすぐ取り出すには困難な深い内面の闇も、音楽にそのまま描いた人でしたから。彼が消えた席で、そして彼が残した最後のメッセージに彼が表していた声と差し出した手を、もう少し率直に聞いて受け取ってあげられなかったことに対する負い目を感じる人々が多いのも、そのような理由からでしょう。本当に最善を尽くして生きた人でした。

 

やたらに「人」という言葉を使うようになった事に対して、どうも妙な気分になります。 彼が生前に着ていた外皮は「アイドル」のはずだからです。 人間らしさを認めてもらえない、もしかしたら人間らしさを消して見せるほど長く耐えられると考えられる、まさにそのような職業のひとつです。 それにもかかわらず人間として、音楽家として、この時代を生きている20代の青年として考えて苦悶するのを止めなかった彼を、ここで改めて記憶しようとしています。 彼らから、今ここで「人」の部分を消そうとしているのは誰なのでしょうか。 彼がSNSのプロフィールに書いていた「青年」という2文字がしきりに見え隠れしています。

 

最後の挨拶も出来なかった突然の別れの衝撃が消え、少しずつ淡い光が染みるような気分です。忘却の光ではないでしょう。 彼とどのくらい距離を置いて生きてきたかは重要ではないでしょう。 歌、ステージ、深い夜のひとこと、個人的な記憶や思い出、何でもかまいません。 彼を愛していた、彼と繋がっていた人たちが大切にしている彼の最も輝いた作品は、各自の音と形で残って長い間我々の傍で輝くと思います。 そうして再び光になるのでしょう。思ったよりもかなり多くの人たちがあなたを記憶して、偲んでいます。 ジョンヒョン、苦労しましたね、お疲れ様でした。

【WEIV訳】ジョンヒョンという色

【WEIV訳】ジョンヒョンという色

 

by チョングォン
http://www.weiv.co.kr/archives/23525/amp?__twitter_impression=true

 

彼らにTVで初めて出会ったのは高校3年生のころ、おそらく何かのバラエティ番組が終わった後に流れていたミュージックビデオだ。 「お姉さんはとてもきれいで/男たちがじっとしてない」と歌う、自分が「幼い」という事実を積極的にアピールしていた5人の男性アイドル。曲のタイトルは「お姉さんはとても綺麗(Replay)」でグループの名前が「SHINee」だった。「男子高校生五人で構成されたコンテンポラリーバンド」「『Shine』に名詞形語尾『ee』を組み合わせて作った新造語」という説明があった。

 

実は変だなとは思った。 SMがまた何か商売を開始するのかという否定的な声も聞いた。 しかし、そのすべての否定的な考えを覆うひとつの印象「歌がいい」という感情がリードした。 歌詞は気恥ずかしくてもメロディーはよく取り入れられており、以前のアイドルグループとは違う種類のエネルギーが感じられるという考え。暗い高校3年生の時代の自主学習時間のプレイリストに「お姉さんはとても綺麗」も入っていた。 私がこんな歌を聞いていいのだろうか、という若干の恥ずかしさとともに。

 

WONDER GIRLSが「Tell Me」で、BIGBANGが「嘘」で大きな成功を収めたころであった。 例えればその時は、今過去を振り返る時のように全てのことを悟ることはできなかった。 しかし、新しい流れが始まっているという直感は明らかだった。私と同じ年代の人々が主軸になってアイドルとしてデビューしているという、そして彼らが以前とは違う新しい姿を見せているという、青臭いながらも悪くない感覚。そしてその中心に、ジョンヒョンがいた。90年生まれ。私と同い歳だった。

 

振り返ってみると、SHINeeというグループのアイデンティティはいつも簡単には見当がつかなかった。 どのようなアイドルグループでも活動中に様々なコンセプトを図ったが、SHINeeは特にその選択の振り幅が巨大だった。 「お姉さんはとても綺麗」の幼い少年から「Ring Ding Dong」や「Lucifer」のようなSMP、「Sherlock」や「Everybody」のプログレッシブさや「Dream Girl」の爽やかさ、「View」の青春ドラマと「1 of 1」のレトロまで。 彼らが見せてくれたパフォーマンスとサウンドは誰でもなくSHINeeだけが試みることのできる種類のものだったが、いざそれを一つのアイデンティティとして表現できる方法は曖昧だ。 「コンテンポラリー」という、SMが自主的に掲げた単語でしか。

 

ややもすれば曖昧になるグループとしてのアイデンティティをしっかり支えてくれたのは、やはりメンバーたちの力だった。 SHINeeの5人のメンバーひとりひとりは、各自のポジションから急激に変化するグループのコンセプトをどうすればあれほどまでにできるのかと思わせるほど完璧に消化した。 そしてその過程で、SHINeeは何でもできるグループというアイドルシーン内でのあらゆる「完璧さ」の象徴とされた。 ダンスならダンス、パフォーマンスならパフォーマンス、ライブならライブ、たったひとつの部分でもSHINeeは他のグループより劣っている部分がなかった。

 

それは歌とボーカルの領域においても同様だった。 そしてその中心にいるのは、ジョンヒョンだった。 単純に彼がメインボーカルとして優れたライブの実力を見せてくれただけではない。 ジョンヒョンの声には他のどのアイドル、いや、どんな歌手にも真似のできない彼だけのカラーが鮮明にあった。 強烈でパワフルでありながらも「これはジョンヒョンの声だ」とはっきり区別できる特徴のある声色、そしてR&Bやエレクトロニック、ダンス音楽に特化されたおしゃれなスタイルはSHINeeというグループが語ることのできる音楽の幅をさらに広げた。 それが「Dream Girl」以前に出たSHINeeのすべてのタイトルトラックで、ジョンヒョンが第一声を放っていた理由であろう。

 

だからジョンヒョンの初のソロ作品「BASE」が出るというニュースを聞いた時、大きな期待を持った。 彼が持っている音楽的力量と野心はSHINeeというグループの中でのみ実装されることができる種類のものではないと思ったので。そしてその予想は的中した。

 

ジョンヒョンのソロレコーディングは、単純にアイドルメンバーの音楽的成長を証明する手段を越えて、アイドルメンバーがどのようにメインストリームのポップシーンで自分の位置を再確立しなければならないのかに対するひとつの模範事例として残った。 従来のグループ、あるいは所属会社の音楽的方向とはちょっと違った現代的なR&Bサウンドを基調として自分の色を明確に表すと同時に、SMという大きな「資産」を鋭敏に活用すること。アイドルメンバーという従来の領域を無視していないが、そのままそこに埋没されない姿。「She is」まで続いたジョンヒョンの姿を見ながら、Justin Timberlakeが成し遂げた成果を連想するのは難しいことではなかった。

 

しかし、Justin Timberlakeよりジョンヒョンの姿がさらに格別に近づいてきたのは、単に彼が韓国のアーティストだからではない。 小品集連作「 話」で彼が見せてくれた姿は、立派なポップアーティストとしての野心的な姿だけでなくジョンヒョンという個人が持っている一面を少しでも感じられる断面であったからだ。 「一日の果て」と「U&I」でのささやかな楽しみ、「Skeleton Leaf」と「Happy Birthday」での苦痛、「Lonely」と「エレベーター」での孤独は、全ての人に愛される歌手が「演技」できることからさらに遠いところにある生の感情だった。 ジョンヒョンほどの地位にいるミュージシャンが見せてくれるとは簡単には想像しにくい感情だったが、彼はそれをさらけ出すのをためらわなかった。

 

彼が「青い夜、ジョンヒョンです」で行ってきたリスナーとの疎通、「皆さん、こんにちは」とセウォル号惨事をはじめとする各種の社会的/政治的問題について率直に話していた正直さ、「ミューズ」という概念が女性を対象化しているという批判に対し、ひとりのツイッターユーザーと対話を交わして自分の誤った点を認めていた器は彼が「話」を通じて示した自分の姿から離れたところにはない。人間がもっとましな存在になる事は他人との交流と疎通を通じてこそ可能で、そのためには自分がどんな人間なのか、自分の姿がどのようなものなのかを示さざるを得ない。 自分を取り囲む社会的地位の壁が存在するにもかかわらず、彼はどうすればより良い人間になることができるか苦悩する過程でその壁を恐れずに超えた。 それは決して簡単なことではなかっただろう。

先週、ジョンヒョンがこの世を去ったという知らせが初めて伝えられた。 この文章と記事を書いているこの瞬間にも、その事実が十分には実感できていない。 もっと沢山の時間が過ぎて彼の新しい作業物が出てこないということを認知したとき、彼が残した歌が徐々にさらに遠い過去のものとされ始めたとき、彼がいないという現実がようやく近づいてくるのだろう。死は時に牛歩を保ったままで我々を迎える。

 

韓国だけではなく、世界のメディアを覆ったニュースと各国のファンがSNSYouTubeに残した悲しみのこもったメッセージ、韓国大使館に積もった弔花を見守りながら、私が初めてSHINeeそしてジョンヒョンに出会ったその芸能番組からどれだけ多くの時間が過ぎたのだろうかと振り返ってみている。 KPOPは成長し、広まり、より華やかになった。 しかし、その変化が果たして肯定的なものだったのか、私はすぐに答えを出すことができない。 今この瞬間を前に置いたままでは更にだ。

 

ただし今は、私と同じ時代を生きて私の時代を更に豊かにしてきたあるアーティストの死を追悼するだけだ。 同時代がひとつのターニングポイントを迎える方式は時にあまりにも暴力的であり、息を殺すこともある。しかし、それがジョンヒョンの残した歌、言葉、そしてミュージシャンとリスナーの関係を越えて人間として尊重したかった態度までを隠すことはできないだろう。 その鮮やかな色が、私たちの記憶の中に残っている限りは。

 

一人で我慢するのに慣れてしまったあなたを悲しむ。 残った私は、より良い人間になると約束する。

 

チョングォン lacelet@gmail.com

 

 1990 4. 8 - 2017. 12. 18

 

*この記事を読んで精神的苦痛と耐え難い落ち込みを感じた場合、次の相談ホットラインを利用してほしいです。
精神保健センター1577-0199
いのちの電話1588-9191
保健福祉部運営希望の電話129
ニゾン一体自殺予防センター1599-307

(訳注:上記は韓国内の電話番号です)

日本いのちの電話連盟

https://www.inochinodenwa.org

全国精神福祉保健センター一覧

http://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/mhcenter.html

 

 

【ize訳】ジョンヒョンに贈る感謝

【ize訳】ジョンヒョンに贈る感謝

 

2017.12.26
http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017122522347272029

 

一時、日刊紙の社会部で一生働きたいという子どもっぽい将来の希望を話していた。 初めて入社した会社は政治的に保守層が厚い地域にあったが、ある日、ある女性の先輩が言った。
「局長から聞いたわよ。あなた、社会生活をする方法を知らないの?この方が軍隊に行ってきた男の子たちが楽になるでしょう」
この会社の社会部に女性記者が一人もいない理由を聞いただけの事だった。 「俺は女は嫌いだ」という回答をする男性の局長と、軍隊の話を持ち出す女性の先輩の下で働くのは容易ではないことだった。 しばらくは歯ぎしりをしながら夜明けの退勤時間だけを待ち、ビールを瓶ごと持って颯爽と歩きながら毎日イジョクの「左利き」を聴いていた。私は左利きだよ!左利きになるよ。 私は蓋をしてしまおう。

 

その子供じみた時代に、ジョンヒョンの「左利き」を好きになった。 KBS「不朽の名曲」で彼は「私の人生の歌」でイジョクの「左利き」を歌い、かなり長い間「ダサい」「ちょっと恥ずい」という皮肉な言葉を聞いた。 サウンド補正が困難になる程大きな声を出していた彼の歌は他の歌手たちの舞台と比較した時、言葉そのままの生の姿だった。 しかし、それがよかった。
「自分は間違っていないと思ったので」
ジョンヒョンがあの理由を口に出した事が一番気に入った。 中学時代に一緒に拙いバンド音楽を一緒にした友だちを、競演プログラムに出演させるアイドルがどこにいるだろう。

 

華やかな世界だったSMエンターテインメントの左腕のような人だった。 非常に稀ではないけれど、だからといって非常に主流の存在だと言うこともできなかった。 だから、彼が所属したSHINeeがアルバム「ROMEO」で当時はボーイズグループでは見られなかった神秘的なイメージを表現する時も、アフリカのリズムを活用した「Ring Ding Dong」でにやりと笑いながら曲を開始する時もとてもよく似合っていた。 それからソロアルバム「BASE」はアイドルとしてのキャラクターとブラックミュージックのジャンル的特質をあまりにも賢明に結合した。 アイドルとして独特だったSHINeeと大衆音楽を活用しつつ、自分のキャラクターを描いたジョンヒョンの道は本当に左利き、まさにそれだった。 あまりにも巨大な会社が彼の後を支えていたために非主流とすることはできないけれど、確かに主流ではなかった。 そしてそこから出てくる独特ながらも近づくことができる魅力があった。 そして「BASE」で注目を受けた後、「The Colliction 小品集」では周囲のスタッフたちが「実際にこれが本当にジョンヒョンがしたいと言っていた音楽だ」と言うほど、自分がやりたい音楽をした。 そんな風に最善を尽くして好きなものを探しながら生きた人だった。 アイドルとしてドームツアーを回りながら「小品集」をリリースした左利きの人。

 

安眠も出来ず、みな、物悲しいという。 そんな数多くの同世代の心を理解することができる。 周囲には退社してソウルを離れたり、創作活動を投げ出している友人もいた。 そして私は社会部を離れ、エンターテインメントを扱うことを選択した。 変えることを放棄したのかと尋ねられたなら、妥協したと言えるだろう。 確信はないが、もっと好きな仕事を探したからだ。そしてずっとこんな風に生きても良いのかと思い始めると、ジョンヒョンが「不朽の名曲」で見せてくれたその姿を思い浮かべる。
「告白することがあります。 僕は両利きなんですよ!」
慌てた表情で舞台を見つめていた人々の表情が思い浮かぶ。しかし彼らは結局、笑いを爆発させてジョンヒョンを応援した。 そして私は今も彼の笑顔を思って力を得る。 もう一度その舞台を見なくてはいけない。 めちゃくちゃだったけど、最も幸せな顔が盛り込まれていたその映像を。

 

文 パクヒア
校正 キムヨンジン