サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【京郷新聞訳】「心の病」告白するアイドル···相次ぐ活動休止にファンは「応援」

【京郷新聞訳】「心の病」告白するアイドル···相次ぐ活動休止にファンは「応援」

 

イ・ユジン記者2020.01.23 15:13

http://m.khan.co.kr/amp/view.html?art_id=202001231513001&sec_id=960100&artid=202001231513001&code=960100&__twitter_impression=true

 

アイドルが「心の病」を打ち明け始めた。グループ少女時代のメンバーテヨンがうつ病の診断事実を明らかにしたのを皮切りに、歌手のカン・ダニエル、歌手のヒョナ、MONSTA Xメンバーのジュホン、TWICEメンバーのミナ、OH MY GIRLメンバーのジホらが不安症状・うつ病を患っていると打ち明けた。

 

「悪いところはないと思っていました。先送りにしてきて、大丈夫だと言い聞かせてきて初めて2016年に病院に行きわかりました。私も辛かった...1年は信じられなかったと思います。今は無理なく2週間に1回こつこつと治療受けているし、悪い方向に考えないようにしてます」

昨年11月、歌手ヒョナは自分のSNSでうつとパニック障害を患っているという事実を打ち明けた。続いて突然の失神経験に触れ、「脳波などを色々検査しているうちに『迷走神経性失神』という病気にかかったことを知った。『私が病気だと知られたら、誰が探してくれるだろうか』という心配が先立って話せなかった。倒れるたびに申し訳ない気持ちになった。これからはたくましく自分自身を愛し、世話を焼くつもりだ」と明らかにした。


これに先立つ6月、グループ少女時代のメンバーテヨンも自分のSNSを通じ、うつ病の診断の事実を明らかにした。「うつ病かよ」と皮肉る悪質なコメントに対し、「うつで苦しんでいる。薬物治療も熱心にしているし、治ろうと努力している」とし「うつ病でも偏見の目で見ないでほしい。みんな病気の患者なんです」と打ち明けた。「辛いことが辛い」と言ったテヨンの勇気に多くのファンの応援が続いた。


これまでアイドルは、病気になっても「辛い」と言えなかった。もしステージで倒れたり具合が悪くなったりすると「ファンに申し訳ない」という立場が先に出た。そんな彼らが「心の病」を打ち明け始めた。昨年下半期から活動休止を宣言したアイドルも十数人いる。グループTWICEのメンバー・ミナを皮切りにグループSEVENTEENのS.COUPS、グループOh My Girlのメンバージホ、グループMONSTA Xのメンバージュホン、グループ宇宙少女メンバーのダウォンなどが不安症状のため活動を中断した。来月、ミニアルバムをリリースするグループLOONAは、「メンバーのハスルが繰り返し不安症状を見せたため、カムバック活動には参加しない」と明らかにした。


昨年8月、ソウル永登浦区汝矣島洞のKBSホール前で数百人のファンと記者たちが音楽番組「ミュージックバンク」に出演するため出勤したアイドルグループを撮影している。


歌手カン・ダニエルはうつ病パニック障害の診断を受け、昨年12月に活動中止を宣言した。カン・ダニエルは活動中止宣言の前日、ファンカフェに「明日が来るのが怖い。誰か助けてほしい」と心境を吐露していた。同月、社会服務要員として代替服務を始めたVIXXレオは、入隊のニュースとともにうつ病を患っていると打ち明けた。所属会社Jellyfish側は「VIXXレオは2013年からパニック障害うつ病を患っており、現在まで薬物治療をしながら乗り越えようとしてきたが、やむを得ず社会服務要員としての代替服務を宣告された」と伝えた。


複数の関係者によると、これまで芸能プロダクションはアイドルの精神疾患に対して薬物治療中心の対応をしてきた。心理相談治療などを並行して支援する企画会社もあった。しかし、大半の企画会社が所属歌手のうつ病など、精神疾患の診断の事実を外部に知らせることを嫌がった。明るく元気なアイドルのイメージへの打撃や、活動休止による収益の減少が原因だった。デビュー20年を超えたグループ神話のメンバーのキム・ドンワンはソルリの死亡当時、「多くの後輩たちがお金と名声が与える甘さに向かい、どれほど心の病気を患いながら働き悩んでいるか」「本人が望んだり、あるいは手っ取り早い解決のために薬物の勧誘を受けるような事をこれ以上傍観してはいけない」という長文の文章をSNSに掲載した。


ファンは、「アイドルが病気だと言える時代が到来した」とむしろ安堵する。ジホのファンというキムさんは「ファンたちは皆、ジホが十分な休息期を持つことを願っている」とし「自分が好きなアイドルが辛いのを隠して活動することを願うファンはいないだろう」と話した。カン・ダニエルファンのᄀさんも「長くかかっても良いからゆっくり休んで元気に戻ってほしい。いつまで待つ」と言った。

 

ある企画会社の関係者は「近頃はファンが先にアイドルの精神健康を懸念し、活動中断や休息を会社に求めることもある」とし「無理な活動強行よりはアイドルの安定を優先する雰囲気が形成されてきたようだ」と話した。また「ソルリやク・ハラのように長い間うつを患っていた人々が最近亡くなり、企画会社が精神健康問題を深刻に認識するようになったのも、変化の雰囲気に一役買った」と付け加えた。

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韓国アイドルのメンタルの問題に関してはアンチや悪質なコメントのような外部からの要因がよく言われますが、それ以上に色々な意味でファンとの距離が近すぎるというのもかなりの要因ではないのかという自覚が業界全体に欠けているというか、わかってるけど看過してるのかわかりませんけど....スケジュールにしても、深夜までMV撮影とか飛行機の長距離移動の繰り返しみたいな生活と睡眠リズムが狂うような働き方は自律神経の乱れの元凶でしょうし(ヒョナの迷走性失神とかまさにそれでは)、特に長期的な昼夜逆転や睡眠不足はうつ症状(抑うつ症状とうつ病は別のものですが、韓国の報道だとそのあたりがはっきりしません)の大きな要因になるというのはわかってきてるので、その辺も根本的な改革も必要なのかもしれません。寮生活なのもそういう仕事の仕方に向いてるというのもあるんでしょうけど...それでもだんだん変わってきてるとは感じますが、韓国の10〜20代の自殺率の高さを考えると日本とはまた違う方向で抑圧的な社会であることも間違いないでしょうし。そういう中で「公言できるようになった」というだけでもいい事だとは思います。

日本のアイドルでも精神的な問題で休業するケースは最近珍しくありませんが、日本の方が良くも悪くも自由に発言している感じはします。韓国のアイドル界隈は少しの瑕疵を徹底的にファンの側が矯正しようとする雰囲気も強いし、それがいい事だと認識されていますし。それゆえに今の韓国アイドルはいろんな意味で「正しさ」を追求したい気持ちが強い人たちが国問わず一見惹かれやすいジャンルなのではないかと思う部分もありますが、アイドルの言動や行動が常に社会やファンにとって「立派に」「正しく」フィルタリングされて公に出さざるを得ない事、その時に背後にある精神的圧力とか社会的背景までは見えづらいのかもと感じる事も多いです。

「ファンも応援」というのは当然のことではないかと個人的には思いますが、そのファンを気にしすぎているのではないかという部分もこの文章からするとまだまだ強いように感じます。病気によっては気にかけすぎる事が症状を悪化させる要因には十分になりうるし、そっとしておいてあげるという感覚も必要な気がしました。自分がメンタルの問題で休まなきゃいけない時にGetWellSoon○○みたいなハッシュタグがトレンドに入ったら余計辛いのではないかと思うし。忘れてないし応援してるよというのを表明するのも大事だと思いますけど、それは休止明けに暖かく迎えればよいだけで、しばらくファンの事も考えない方がいいですよね本当は。単純にパフォーマンスをしてそれを楽しむだけの関係性だったらアイドルとファンの間にそこまでのストレスが生まれる事はない(創作とか鍛錬に関する悩みはあるでしょうが)はずですが、アイドルとファンの関係性はそれだけではないゆえに「アイドル」というものが特殊な独立したカテゴリーとして存在するわけで、そこの「関係性」のバランスや距離感が難しいのかもしれません。


【質問箱】PRODUCEシリーズ投票操作事件について

【質問箱への投稿より】

PRODUCEシリーズの投票操作事件で、X1は解散に追い込まれましたね。

 

そもそも、数多くの芸能事務所の練習生を101人(PRODUCE48では96人)集めて、そこから視聴者投票で選抜して、10人前後のアイドルグループを作るという、PRODUCEシリーズの仕組み自体に無理があったと思います。このような仕組みでは、事務所関係者が番組プロデューサーを接待して、投票結果に手心を加えてほしいという動きになるのは当然でしょう。

 

また、近年の韓国におけるアイドルグループは、東方神起、スーパージュニアなどのように、10年単位で活躍している事例もあるのに、I.O.Iは1年、wanna oneは2年半、X1は半年(当初は5年活動する予定でしたが)と短命です。各メンバーの所属事務所が異なるせいで、このような契約になったのかもしれませんが、結果的にPRODUCEシリーズは、短命グループの量産番組になってしまいました。

 

結局、1つの芸能事務所だけで、グループを結成させる、古典的なやり方のほうが無難なのかもしれません。

2020年1月7日19:15

https://odaibako.net/detail/request/894c073da36f4d22bfffe98f2e80279a

 

申し訳ないんですが、全体的に自分が思うところのプデュとそれに伴う諸々の流れみたいなものへの認識がご質問者の方と結構違うように感じまして、その辺りについても補足も交えた結果長くなったのでこちらに載せます。

 

「PRODUCEシリーズの仕組み自体に無理があったと思います」というのは今だから言える事だと思うので、今それ言う事に意味ありますかね?

そもそもこの企画はAKBの総選挙システムをベンチマークしたもので、ほぼ人気投票だけで色々な事務所から練習生を選んでグループを作れば最強人気のグループが出来るのでは?という趣旨のもとで始められたある意味イベント的な企画だったと思います。「事務所関係者が番組プロデューサーを接待して、投票結果に手心を加えてほしいという動きになるのは当然でしょう」とありますが、それこそMnetの親会社であるCJが直接投資している芸能事務所(調べればわかることなので具体的な名前は出しませんが)の練習生も何人も参加しており、最終グループのメンバーにも選ばれています。そのような事情もあり、韓国では最初のプロデュースシリーズの時から忖度や票操作疑惑については国会で取り上げられるレベルでもずっと言われ続けていました。更に、アイドルが多く出るメディアであるMnetとそこに「出させていただく側」の芸能事務所という韓国内での特殊な関係性や権力構造を考えれば、本当は出したくなかったけど練習生を出さざるを得なかったので(略)というような事務所もいるかもしれません。韓国の練習生システムは育成自体にかなりのお金がかかるため、練習生がある程度の数所属している中堅以上の事務所的には、自分たちがお金と時間をかけて育てた練習生を自分たちが総取り出来ない外部マネージメントの環境でデビューさせるよりは、自分のところで作ったグループで人気が出て欲しいと考える方が普通だと思いますし、当初はそういう考え方の事務所が多かったんじゃないかと思います。だからイベント的に少しでも注目を受けて本格的なデビュー前に知名度が上がればいいなくらいの思惑で参加した事務所も多かったんじゃないでしょうか。

「結果的にPRODUCEシリーズは、短命グループの量産番組になってしまいました」とありますが、それはこのような事情を踏まえれば当たり前の事ではないかと思います。ほとんどの事務所的には少なくとも当初はプデュに出ることや選ばれることは最終目標ではなくあくまでもその先の事務所でデビューさせるまでのプロモーション的な感覚だったはずだと思いますから、プデュでのデビューグループはむしろ期限つきでなければ困るのでは。特にシーズン1の頃はどの程度成功するか誰もわからなかったわけで、そんな状況では期限つきでもなければ出そうと考える芸能事務所事務所は少なかったのではないかと思います。

(実際にデビュー後の活動期間で揉めてデビューが霧散したサバイバルもありました)

むしろ期限つきだからこそデビュー後もファンドムが盛り上がった部分もあるのではないかと思いますし。ご質問者の方がどの辺りからプデュを見ていたのかはわかりませんが、目的自体が異なるプデュ発のグループと、東方神起やSJのような最初から事務所がなるべく長く活動させることを目標に作ったであろうむしろ正反対のグループを比較するのかがよくわかりませんでした。
(10年選手のグループが特に男子で増えてきたのは単純に韓国の社会的文化的変化でアイドルファンドムの寿命自体が伸びてる事が大きいと思いますし、ここでの話と全く関係ないとおもうんですが)

 

この辺りの状況はシーズン1・2・48・Xとシリーズが重なり、さらに「プデュ以降の参加者の状況」というものがだんだん明らかになっていく中で、徐々に変化していっただろうなとは思います。プデュ出演者につくファンドム規模が侮れないという事がだんだん確実になってきたために、特に中小ではより本腰を入れる事務所も増えてきたでしょうし、個人の素質次第では小さな事務所でも最終デビュー組に入らなくてもある程度のファンダムを形成する事ができるという点は、プデュシリーズの最もよいところではないかと個人的には思っています。しかし一方でその「ファンドム」そのものがプデュの弱点でもあって、韓国のアイドル的に一番の問題は「オタクに人気がある子が客観的に見て実力もトップクラスとは限らない」「オタクが選んだメンバーを並べても技能的なバランスがとれるとは限らない」という点ではないかと思います。「票操作や忖度については以前から疑惑はあった」と最初の方で書きましたが、それでも今回まで問題にならなかったのは、最終的に選ばれたメンバー達が人気・ボーカル・ダンス・ラッパーとなんとなくある程度「国民」を納得させられるようなバランスの組み合わせだったからというのもあったのかもしれません。しかし、純粋に当初の目的どおり国民投票を最重視したとしたらリアルではもっと偏ったグループができる可能性が十分あったはずです。また、今まで問題にならなかった(あったけどそこまで真剣に取り上げられなかった)背景にもやはり「ファンドム」の存在が大きいと思います。単に今までは選ばれたメンバーのファンドムの方が選ばれなかった練習生達のファンドムよりも「強かった」から疑問の声がそこまで大きくなることもなかったのが、今回は特にファンドムの強い(声がデカい)男性アイドルの選抜だったことと、契約期間も通常のアイドルグループtと同様レベルに長くなったこと、選ばれたメンバーとそれ以外の練習生のファンドムのパワーバランスがそこまで差がなかったがゆえに、たまたま今回表沙汰になっただけなのではないかという感じがします。


結局そのあたりのさじ加減とか番組演出としてのドラマチックさ、事務所の思惑などなど色々な事情が絡みあって今回のような事態と結果になったのではないかと想像できますが、実際に操作に関わった事務所や誰がどのように操作されたのかという事実がはっきりと公式で明らかになることはないと思いますし、どのような意図で操作があったのかが公にならない限りは問題の根本がわからないままなので、とりあえずなんとなくの憶測や想像に留めておくしかないですけどね。

 

個人的には最初の目的通りに期限つきのイベント的なグループを作るシステムしてならプデュの存在は意義があったと思いますけど、(むしろ「短命グループ量産番組」だったから成り立ってたし意義があったのではないかと思います)なまじ巨額のマネーが動くようになったせいなのか活動期限を伸ばしたり等周囲が諸々色気を出し過ぎた感じですし、そこに韓国のペンドム特有の正義感と良くも悪くも政治的なスタンスが衝突した事で、結局一番割りを食ったのは一番頑張ったし苦労しただろう当事者の練習生達だったというのがなんとも後味の悪い話でした。今の韓国のシステムでは、サバイバルで活動期間に制限をつけないグループを作る事は、実際の事務所の利害関係を考えるとかなり難しいのではないでしょうか。事務所の規模によってメリットデメリットに差がありすぎるように思うので。それなら日本のプデュのように全員事務所無所属のメンバーから選ぶサバイバルのほうが理にかなってるし、選考自体も所属事務所の影響力という点では公正になりやすいと思います。

 

プデュが一番盛り上がってた時期にもっと人気が出たはずの中堅グループもたくさんいたかもしれないと考えると、結果的に場を荒らした割に後世へのプラスの影響がほとんどなかったのかもという気もします。事務所内サバイバルなら事務所という共通の敵に向かってファンドムも最終的には一致団結出来ますけど(?)、プデュは個人推しファンドム同士がデビュー後も足を引っ張り合うというよくない見本も作ってしまいましたし。

プデュきっかけで世に認められた人たちもいたし、その瞬間瞬間に最高の煌めきがあったからいいのかな...でも、その後もアイドルとしての人生は続く人がほとんどでむしろ入り口に立ったばかりの人も多いわけで、それを考えると色々刹那的すぎないかという感想です。

 

ところで、「1つの芸能事務所だけで、グループを結成させる、古典的なやり方」というのもちょっと気になりました。日本ですらメンバーの所属事務所が最初から違う期間限定じゃないアイドルグループ自体がAKB関連しかないですし、卒業システムなど流動的かつメンバー単推しのファンが多い女子アイドルだからこそ有効なやり方ではないかとも思うので(実際男子ではほぼないですよね)事務所が違うメンバーを集めて期限つきじゃないグループ作ってる方が少ないというか他にほ成功例はないですよね。そういう状況でひとつの事務所でグループを結成させることを「古典的なやり方」と呼んでいいんでしょうか。「王道」とかならわかります。

2019年度お仕事まとめ

[寄稿]

●Real Sound (blueprint) https://realsound.jp

●Music Magazine増刊 K−POP Girls

(ミュージックマガジン

●goo POPLETA (NTTレゾナント) https://popleta.goo.ne.jp

 

[取材コメントなど]

月刊サイゾー

bayfm

 

何かありましたらメールまでよろしくお願いします。

djmusmusculus@gmail.com

 

2018 輝け!DJ泡沫(誰)が選ぶKドル日本オリジナル曲大賞(2019の間違いではありません)

2019年も終わっちゃいましたね。あけましておめでとうございます。

2018年末にこの記事を書き上げる予定でしたが、年末に依頼されて年明けすぐ締め切りの原稿があったりなんだりでのんびりのびのびにしてたらもう2020年が来てしまいました。しかしここは自分の城なので、そんな事は気にせず進めようと思います。


「2018 輝け!DJ泡沫(誰)が選ぶKドル日本オリジナル曲大賞」

(※2020年の元旦に2019ではなく2018の振り返りをお送りしております)


さて、2017年度は日本オリジナル曲があまりなかったのもありやらなかったんですが、2018年度は結構あったので2年ぶりに開催する事にしてみました。

今回も特に誰も待ってないと思いますが、ただの趣味なので気にしない。


ちなみに2年前の記事はこちらです。


2018年1月〜2018年12月の間に日本で発売された日本オリジナル曲

・後に韓国語バージョンがリリースされたものも含む

・シングル曲アルバム曲問わない

 

ベスト1以外は順不同(大体リリース順)になっております。

ところでYouTubeの埋め込み方式?が変わったらしく、リンクを貼ってもブログにタイトルや埋め込み動画が表示されなくなってるみたいです。リンク自体は貼れてるみたいですが。


Cosmic Railway/EXO

作詞:Sara Sakurai

作曲:STEVEN LEE/Tom Hugo

 

Cosmic Railway

Cosmic Railway

 

EXOの初日本オリジナルアルバムの中の一曲でした。タイトル曲のElectric KissもMVがロボットレストランというかTOKYO感(?)でしたが、この曲はJPOPっぽみ以上に歌ってる場面がはっきり浮かぶところが良かった。日本版アルバムって概ねライブ公演ありきというか、それを想定して作ってるケースが多いと思うんですけど、コンサート後半かアンコールのしっとりタイムがすぐ浮かびました。2年前もComing Overを選びましたが、やっぱり音盤やMV以上にライブで良さが際立ちそうというつながりでした。


Raining/WINNER

作詞:HOONY/MINO/ZERO

作曲:HOONY/UK JIN KANG

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この曲とHave A Good Dayは先に日本語バージョンが出て後で韓国のアルバムに韓国語バージョン収録されましたが、最近は結構こういうパターンは増えてますね。

特にこの曲はちょっとぎゅっと歌詞を詰めたような箇所もありますが、音節が母音で終わる開音節の多い日本語の方が合っている曲調のようで、先に日本語で出した意味がわかった気がします。


Candy Pop/TWICE

作詞:Min Lee “collapsedone”・Mayu Wakisaka

作曲:Min Lee “collapsedone”・Mayu Wakisaka

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日本オリジナルというとイメージが変わっちゃったりというのも気にされるポイントですが、この曲はまさにTWICEの持つメジャーでマスでポップな面を最大限まで拡大し、かつ人気コンテンツの制作者でアニメーションでMVを作るという日本オリジナルでやるならここまでふりきるのが良いな!という一曲でした。


Let Go/BTS(防弾少年団)

作詞:UTA・HIRO・JUN・SUNNY BOY 日本語ラップ詞:KM−MARKIT

作曲:UTA・HIRO・JUN・SUNNY BOY

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Crystal Snow/BTS(防弾少年団)

作詞:Kanata Okajima・Soma Genda・Rap Monster 日本語ラップ詞:KM−MARKIT

作曲:Kanata Okajima・Soma Genda・Rap Monster

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BTSこと防弾少年団の3枚目のオリジナルアルバムの収録曲です。防弾はシングル先行リリースという日本ならではのスタイルは守りつつ最初の日本版アルバムから過去曲をリミックスしたイントロとアウトロを入れたりと韓国アルバムと同じような作り方をしているし、ラップリリックの翻訳もずっと同じラッパーの方(お前のBIGな夢はナニ)が担当していて、そういう部分はレコード会社が変わっても同じですね。

Crystal  SnowとLet Goみたいな曲は本国楽曲とはまた違ったボーカルライン(時にはラップラインも)の歌い方も聴くことができて、なおかついわゆるバラード曲とも違うちゃんとポップスらしいキャッチーさもあるところが良いと思います。そしてなんといっても一番大きいのがボーカルパートの配分の違いではないでしょうか。本国曲ではボーカルパートの配分やハイトーンパートを歌うメンバーはどうしても偏りがちですが、日本オリジナル楽曲ではパートを平均的にしたがりがちという事もあるのか、韓国の楽曲ではあまりパートが多いとは言えないメンバーもパートが増えるのもまた韓国楽曲と違う魅力になってる感じがします。ラップの感じもちょっと違いますし。そしてラップメインの曲は子音で終わる閉音節の多い韓国語の方が聴こえ方が気持ち良いように、こういう楽曲は母音で終わる日本語の方がしっくりきやすいように感じます。Crystal  Snowは作詞作曲にRap Monstar(RM)も参加していて、韓国曲で海外作曲家と一緒に作ってるのと同じスタンスですしね。


Aura/MONSTA X

作詞:Jooheon・ Ye-Yo!

日本語詞:ZERO

作曲:Jooheon・ Ye-Yo!

Aura

Aura

 

MONSTA XはSPOTLIGHTと迷いました。SPOTLIGHTは後で出た韓国アルバムに韓国語バージョンが収録されたパターンだったので、メンバーのジュホンが作詞作曲したこの楽曲を。割と最近本国アルバムには入らないメンバー作の曲が日本アルバムに入るパターンも増えてきてるような。しかしこんなわりとゴリゴリの曲を日本オリジナル曲にするのも珍しい感じがします。関係ないですが同じアルバムに入ってるKILLIN' MEという曲にはそこはかとないLDHの香りを感じます。MONSTA Xの楽曲は日本と韓国で制作陣があまり変わらないし、今までアメリカでリリースされたオリジナル楽曲も全て英語詞で歌っていて、2月に出る予定のアメリカオリジナルアルバムの収録曲が既存曲以外どの様になるのか気になっています。アメリカで本格的に活動する場合も日本と同様に英語で歌うのかという謎が明らかに!?(防弾は色々と参考にならないグループだと思うので)


Chain/ NCT127

作詞:MEG.ME

作曲:250・Albin Nordqvist

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NCT127のSMの中での楽曲的特徴として、EDMがベースだけどヒップホップ要素も(SMにしては)強めと言うのがあると思うんですが、パッチムがある韓国語と比べると日本語は切れ目がない分なんとなくラップに乗せにくい(ラップのトーンにもよるとは思うものの)感じがあり、それがKPOPらしい「ラップパート」を日本語の楽曲に持ってきた時の難しさにも繋がるのかな?と。その点この曲はラップパートの歌詞は8割くらい英語で、聴いた時の印象が韓国語のNCT127の曲を聴いた時の感触からブレが少ないように感じました。


Shining On You/GOT7

作詞:Defsoul・Mirror BOY(220VOLT)・D.ham(220VOLT)・Moon Hanmiru(220VOLT)・Samuelle Soung

作曲:Defsoul・Mirror BOY(220VOLT)・D.ham(220VOLT)・Moon Hanmiru(220VOLT)

Shining on You

Shining on You

  • GOT7
  • J-Pop
  • ¥250

 

韓国のアルバムには入らないメンバー作の曲が日本オリジナルアルバムに入るケースが増えているとMONSTA Xのところでも書きましたが、この曲もDefsoul名義でリーダーのJBが作詞作曲プロデュースしている曲ですね。GOT7はメンバーユニット楽曲も韓国と日本で組み合わせが変わったりして(日本活動に参加してないメンバーがいるというのもあるでしょうが) オリジナリティのある活動の仕方をしてる印象です。

 

#Cookie Jar/Red Velvet

作詞:MEG.ME

作曲:Efraim Faramir Sixten Fransesco Vindalf Cederqvist Leo・Mats Koray Genc・Gavin Jones・Saima Iren Mian・Ronny Vidar Svendsen

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女子グループが韓国曲のカバーではなく日本オリジナル曲で日本デビューするのはかなり珍しくなってると思うのですが、レッベルはこれはオリジナルのデビュー曲でした。SMはグループやどこの国で発表するかが曲の買付の後で変わったりするらしいですが、この曲も韓国のREDイメージアルバムに入ってても違和感ない感じでした。MVに毒成分は少し軽めで歌詞の可愛いは正義とかは日本ならでは感もあり。


Sunny Side/SHINee

作詞:SHINee

作曲:Hanif Hitmanic Sabzevari・Erik Mjornell・Lars Safsund

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2017年末にメンバーが自ら命を絶つという想像もつかないような衝撃があったSHINeeがその後初めて出したアルバムにはファンへのメッセージが込められていましたが(https://realsound.jp/2018/07/post-217918.html)、この日本オリジナル楽曲も作詞がSHINeeのメンバー本人でより直球のファンへのメッセージが込められてる辺り、曲調ややり方への好みはあるかもしれませんが、日本活動への誠実さを感じざるを得なかったです。

2018は他にもKEYとテミンがそれぞれソロEPやアルバムを日本出してましたが、それぞれが本人のこだわり(KEYならデザインやビジュアルとか、テミンならダンスとか)が感じられて面白かったです。

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Reincarnation/VIXX

作詞:SHOW for Digz, Inc. Group

作曲:Simon Janlov/MLC

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Last Note~消えた後の蝋燭の香り/VIXX

作詞:谷中敦/ラップ詞:RAVI(GTCK)/日本語ラップ詞:SHOW for Digz, Inc. Group

作曲:冨田恵一


冨田ラボ作曲・スカパラ谷中敦作詞というのでリリース当時一部で話題になっていた記憶が。作詞に安藤裕子も参加してたり豪華です。

VIXXのこの曲が入ったアルバムは、韓国で出た「Scentist」という調香師がコンセプトのタイトル曲の収録アルバムを、同じく「香り」をコンセプトにして日本オリジナルアルバムとして再構築したもので、日本語の日本オリジナル曲と韓国のアルバム曲が韓国語のまま混ざって入ってます。VIXXといえばコンセプトドルと言われるくらい毎回その特殊なコンセプト(そこ来たか〜という)がアイデンティティなところがあると思うので、そのやり方をそのまま継承している点が新しい感じ。再構築という意味でアルバムタイトルもタイトル曲も「Reincarnation」(輪廻転生)というのもなるほどなだし、メンバーのHyuk作曲の曲も入っている上にアルバムを通して聴くと楽曲の統一感もあるという。Depend On Meもそうでしたが、韓国の楽曲と対になるような歌詞やMV(Scentistは赤が基調だったのがReincarnationは青だったり)など、色々模索してここの地点まで来たんだなというのもあって流れを見ると味わい深いです。


Reincarnation 


Memoria/GFRIEND

作詞:Carlos K.

作曲:Carlos K.・JOE

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女子グループが韓国曲のカバーではなく日本オリジナル曲で日本デビューするのは珍しいと書きましたが、GFRIENDの場合は先に韓国での代表曲の日本語バージョンを集めたEPが出て、実質のデビュー曲と言えるこのシングルは日本オリジナルというパターンでした。GFRIENDはデビュー当時から曲もコンセプトもどこか日本ぽいと言われていた事もあり、逆に日本語バージョンの方がしっくりきている曲もあるのでは?という珍しいパターンかもしれません。この曲は作詞作曲ともに日本の作家さんなんですが、GFRIENDのタイトル曲を並べて聴いてみた時にも馴染みそうだし、後で韓国アルバムに収録された韓国語バージョンも違和感なく収まってる感じがします。 GFRIENDは日本の作家さんの作った日本オリジナル曲を後で韓国版アルバムにも収録するパターンが多いみたいなんですが、2019年に出た日本オリジナルアルバムのタイトル曲Fallin' LightはMemoriaを作ったCarlos.K氏と韓国のタイトル曲を手がけているイギヨンベ(イギ&ソ・ヨンベ)との共作で、日韓のクリエイションがフュージョンという理想的な一曲と言えるかもしれません。

(2019年の曲なので今回入れてませんが)


Stop The Rain/DAY6

作詞:Young K/Sungjin/Jae/Wonpil

作曲:Shinichi Ubukata/Young K/Sungjin/Jae/Wonpil

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バンド文化は日本の方が定着してジャンル的にメジャーというのもあるのか、バンド系のグループは日本に武者修行的に来たり韓国よりも「バンドっぽい」独自活動をする事が多いですが、DAY6もまさにそうで、メンバーが日本語オリジナル楽曲でも日本語・英語で作詞に参加していて、作り手の能力次第では海外活動でもこのくらいの深度で制作に関わることが出来るという例だと思いました。他のバンド系グループもそうですが、韓国ではもっとバラードやポップス寄りの曲をやってるグループが「ロックっぽい」曲をやる事も多く、特にこの曲はELLEGARDENとNothing's Carved In Stoneのギタリストである生方真一氏がプロデュースというのもあるのか、いわゆるJ-ROCKぽさが際立っている感じがします。先輩バンドのメンバーが後輩バンドのプロデュースをするというのも韓国のメジャーシーンではまだあまり見られないので、日本などのバンド文化が盛んな国でだから出来る事かもしれません。実際DAY6の日本オリジナル曲は韓国のファンからも人気があるようですよね。「If」や「Live Your Life」はもともと韓国で発表するために書いた曲だったそうですが、結局コンペで落ちたりだったのが日本側では評価が高くてそっちでリリースする事になったとか。

Unlock

Unlock


それでは、2018年の個人的日本オリジナル楽曲ベスト1の発表です!

(淡々ときたし、一昨年の事なので今年も特に盛り上がらない)

 

CALL!CALL!CALL!/SEVENTEEN

作詞:WOOZI・BUMZU・下地悠

作曲:WOOZI・BUMZU・PARK KITAE

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韓国のアイドルが日本活動をやる際に、特に「メンバーが楽曲制作に関わっている」という事を前面に出して売りにしているグループの場合は、日本の楽曲にもどの程度関わっているのか?という点で活動への真摯度が計られてしまいがちな部分もありますが、その点でもSEVENTEENのこの楽曲は本国のタイトル曲と同じウジとBUMZUの作詞作曲、同じくらいの気合を感じるパフォーマンス密度とMVの出来。加えてちゃんと「日本ならではの日本っぽい楽曲とは何か」をきちんと考えた結果のこの仕上がりなんだろうというのが聴けばわかるという事で、文句なしに2018の日本語オリジナル楽曲大賞ではないかと思いました。


2016年とほぼ同じシメになりそうですが、「日本で日本語の楽曲でパフォーマンスする」と言っても今は本当に色々なやり方がありますね。ある程度韓国で人気のあるグループの場合は日本でデビューする事が多くなっているようですが、2019にはThe BOYZのように日本オリジナルアルバムだけどほとんど韓国語か英語詞しかないアルバムをリリースするグループが出てきたりもしましたし。日本で活動すると言ってもどのくらいの人気があるのかとか(地上波のTVに出られるのかどうかとか)どの程度の深度でビジネスをするのか・出来るのかにもよるのかもしれませんが。

 

個人的には実際何語でもあんまり気にしない(日本語だったらコンサートやカラオケで歌いやすいからいいな位の感じ)ので、この先どうなっていくのか川の流れを観察する感じで日本語オリジナル楽曲をウォッチングしていきたいと思っております。

 

【ize訳】2019年、米国でのK−POP

【ize訳】2019年、米国でのK−POP


2019.12.13

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2019121307397260885


2019年は、K-POPがどんな成果を成し遂げたのか簡単に言うことができる年だ。ビルボードの2019年の年間チャートは良い整理になるだろう。ビルボードのメインチャートを1年単位で集計した結果だからだ。BTSは、「アーティスト100」26位。グループだけで見ると4位だ。Queen、Imagine Dragons、ビートルズの次だ。ロックソングチャート上位に1年中住んでいるパニック!アット・ザ・ディスコが7位だ。「ビルボード200」は、51位と118位ふたつを記録した。アルバム販売量だけ見れば「Map Of The Soul:PERSONA」が6位だ。アーティスト別に合算すると3位Queenテイラー・スウィフトの次である。


数字は多すぎて全部に対処することができない。しかし、数字が2019年のK-POPを代弁しているわけではない。人々はすでに大型TV番組デビュー、成功したツアー、ビルボードチャート進入、記録的なYouTubeの再生回数など、有名な授賞式での受賞記録が数年に渡って積もって大きなレベルで繰り返されることを見た。そして今年は、すべてのことが歴史の中で最も巨大だ。しかし、2019年が過去と何が違うのかと問われれば、答えは「歴代最高」にとどまらない。もちろん、その成功は必要だった。ラテン音楽に「Despacito」が必要だったように、今のK-POPにはBTSがある。「Despacito」の歴史的な「ホット100」16週1位は、ルイス・フォンシとDaddy Yankeeだけではなく、他のラテンアーティストにも機会を開いた。主要なラテンポップの新曲がApple MusicとSpotifyの新曲プレイリストに上がって、より多くの大衆に近づいていく。さらに、スペインのミュージシャンにも機会が生じる。簡単に言えばラテンはポップ、ヒップホップ、R&Bの次に確実なメジャージャンルになった。K-POPの現在の状況は「Despacito」とBTSを比較するのと似ている。要するに、ラテンポップに並ぶことはないが産業的に有意な存在という事だ。


ゆえに米国市場は、自らK-POPを再現したがる。SuperMはSMエンターテイメントのスーパーグループという点で話題になったが、ビジネス的には米国のキャピトルがこの概念を提案した結果だということが重要である。K-POPアーティストは米国や他の国ではなく韓国でしか見つけることができず、それが独自の練習生システムに基づいている場合、キャピトルはほぼ唯一のアプローチ方法を発見したのだ。他のレーベルも似たような試みをすることができるが、最も便利で迅速なオプションはすでにキャピトルが持っていった。


K-POPの位置は、逆説的に否定的なニュースによって照明が当たっている。過去にK-POPボーイバンドが英米圏で成功するのは難しいと予想していた最大の理由は、いわゆる「男性性」の問題を超えることができないと見ていたからである。K-POPが男性性の固定観念に挑戦するという認識は自然だ。ところが、ある人たちはそれを「脅威」として受け止め始めた。米国ではこれをエルビス・プレスリーが50年代の保守的なアメリカで退廃的だと攻撃受けたものと比較する人もいる。もう少し最近の話では、2000年前後に韓国で日本の大衆文化に対する論議が起こったものと似ている。「倭色論議」という単語がついたりもしていたが、論議は日本の大衆文化の輸入が許可されて以来、しばらく存在したのち今は消えた。日本の大衆文化が韓国に及ぼす影響力がわずかだからだ。市場に最初から存在しないか、競争力を失っているとすれば誰もそれを「脅威」だと思わない。


K-POPは、現在の音楽の趣向の有意な選択の一つとなった。ラテンポップがもはや「マカレナ」ではないように、K-POPも「江南スタイル」ではない。事実、これは韓国文化の多くの部分が2019年に達成した成果でもある。最も近いのは韓国料理である。「チメク」と「餃子」では説明できない。韓国人でさえ、その味が気になる米国の韓国料理レストランで唯一の韓国人客として座っているときに感じる感情は、いわゆる「국뽕グクポン」より複雑だが落ち着いている。数字が重要ではないからだ。


文ソソンドク(大衆音楽評論家)

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국뽕=盲目的な愛国主義者。국(国)+히로뽕(ヒロポン覚醒剤の一種)

 

色々言われつつもSuperMのアルバムはまだビルボード200以内に入っていますが(アメリカでのショーケースツアーがまだ続いてて、チケットバンドルの影響もあると思いますが)キャピトル提案ではあるけど多分キャピトル自体はプロモーションは手伝っても制作にはお金は出してないんじゃないか(普通はアメリカでアルバム出すときはレコード会社がお金を出すんですが)という話もあり、色々今後の流れは気になる。

「(今の)日本の大衆文化が韓国に及ぼす影響力がわずかだからだ」というの自分はそう思ってなくて、音楽やエンタメではそうかもしれませんが例えば二次元界隈だともう完全に日本文化が入り込んでしまっていて一体化してるレベルのキャラクターや作品も多く(クレヨンしんちゃんとかセーラームーンとかもはや数えきれない)、アメリカでのマリオやポケモンレベルまで浸透すると何も言われなくなるんだろうと思います。昔サウスパークで日本のなんとかポコモンというアニメがサウスパークでめちゃくちゃ流行るけど実はサブリミナルが施されてて子供たちを洗脳してたってネタがあった(日本では放送されず。でもエミー賞にノミネートされたという笑)らしいけど今はネタにもならない...BLネタは数年前にありましたが。男性性の壁というのもすでにこの20年でアニメや漫画がマニアを超えてアメリカ市場に溶け込んでる事を考えると、特に若年層ではその辺りの価値観の変容が起こってても全然おかしくないと思います。実際KPOPオタとOTAKU部分的にかぶってるし(アニメ的なFAもかなり多い)Kドルにアニメキャラを重ねる層はオタク以外でもいるみたいですし。この辺り二次オタではないし女性文化にさほど関心がない人たちはいちばん気づきにくいポイントであるかもしれないと思ってます。だから、何かしら特別視されなくなった瞬間からが真の「市場に入りこんだ時」ではなのかもと思ったりもしました。

【質問箱】韓国のアイドルが日本では日本語でパフォーマンスする事について

【質問箱への投稿より】

こんばんは。この間韓国のアイドルが日本では日本語バージョンを歌わされる事について他文化を尊重してない・特に自分で書いた歌詞を歌う事に意味があるラップを日本語で歌わせるのかというような意見を見かけたのですが、それはそうやなと思った反面、「歌わされる」という表現が引っかかりました。日本は韓国みたいに韓国語の歌がTVで流す事を禁止されてるわけでもないし、日本語バージョンの曲を出さないで活動しているアイドルもいます。実際に最近でも韓国語の曲を地上波でパフォーマンスしたアイドルもいますよね。結局日本で日本語バージョンをリリースして日本語で歌う事を選んでるのは日本側の要求以前に韓国アイドル側の選択っていう部分もあるんじゃないのか?って思ってしまうんですけど、泡沫さんはどう思われますか?

2019/12/06 07:51:41

https://odaibako.net/detail/request/06a48203644f42b8b97137bf6061c298

 

btsが日本に来ると日本語でパフォーマンスすることについて、日本語以外の言語を尊重できていない、軽視している自覚がないといった意見が流れてきて驚きました。ラップを外国語に翻訳されてパフォーマンスすることについてみんな考えてわかってるのか?というようなことも書かれていました。私はarmyではないですが、kpopの日本語verは大好物で、軽視しているつもりは全くなかったので冷や水をかけられた気分でした。政治状況が厳しい中、ファンダムにおいてはお互いを尊重し合えてる(言語の問題も含めそれが商業的なものとはいえ)くらいに思いあがってましたので笑、少しショックでした。

泡末さんはどう思われますか?

2019/12/06 21:20:20

https://odaibako.net/detail/request/06a48203644f42b8b97137bf6061c298


これ、同じ日に全く同じ質問が10時間くらい差で来てたので何があったんだ...?と思ってしまいました。最初の方はアイドルってボカしてましたけど、2人目の方はもろに名前を出していたのでBTS界隈の話なんだなってわかってしまいましたが笑 詳しいことはよくわからないながらも色々思うところがあったので、ブログの方に書かせて頂きます。

(注:これを書いて投稿の準備をしている途中で2番目のご質問くださった方がどういう内容のものだったのか追加で送ってくださったので、内容は把握しました。元々ツイートを拝見する前に書いた文章と言うことを明記しておきます)

f:id:djmusmusculus:20191207144441j:image


「Kドルのほとんどが日本では日本語で歌う」問題、個人的には1つ目の方もおっしゃってるように「歌わされてる」っていう認識が謎です。なんで本人たちの意思ではなく無理やり歌わされてると思うんですかね。「自分で書いた歌詞を歌う事に意味があるラップを日本語で歌わせるのか」というの、別に日本では韓国の地上波における日本語のように韓国語の曲を流す事がTVで禁止されていたり自粛してるわけではないですし、「韓国語でラップする事にこそ聴き手に伝わるものがある」と思うなら日本でパフォーマンスする時もそうしたいってそうすればいいだけじゃないですか?KPOPが定着し始めた2010前後の方がTVで韓国語でパフォーマンスするアーティストは多かったですし、実際に地上波の音楽番組で韓国語のバージョンをパフォーマンスしたグループも最近だけでもIZ*ONEやTWICEなど複数います。BEAST(現HIGHLIGHT)の「FICTION」の日本語バージョンが出た時はラップ部分は韓国語のままでした。YGのアイドルは韓国版の楽曲をほぼ全てそのまま日本語バージョンにしたアルバムを日本で出すのがポリシーなようですが、G-DRAGONのソロアルバムやiKONのBOBBYのソロ、WINNERのミノのソロ、Double BのANTHEM など主にヒップホップ系のラップメイン楽曲で韓国語のままのものもありますから、「これはやろう/これはやらない」という辺りをはっきり区別してるんだろうと思います。そしてここに名前を挙げたグループの曲は全てメンバーが楽曲制作に関わっています。そういう風に日本語バージョンにするかしないか、ラップの部分をどうするか自分たちで選んでやっている事がわかる韓国のアイドル達もいるわけで、やれるのにやらないということは自分たちで「日本ではラップパートも含めて日本語で歌うという事を選んでいる」と考える事の方が自然じゃないでしょうか?


確かにKPOPにはまりたてで色々学んでる最中の人なら「他の国では韓国語のままパフォーマンスしているのに日本ではわざわざ日本語で歌っている→歌わされている=異文化を尊重していない!」という思考回路になってもおかしくないのかもとは思いますが、ストレートに直結するのはあまりにも短絡的すぎるし、逆に韓国のアイドルの事をバカにしてる考え方すぎないですか...あなたの好きなアイドルは自分の意思もなく、あるいは日本で日本語でパフォーマンスする事に具体的な目的意識もないまま、あるいは本意ではないけど言いなりにやるだけの人達だと思ってるんですか?って言いたいです。

 

大体、「BTSが日本でだけ日本語で歌ってる」っていうのも違いますしね。

防弾は過去に中華圏でも活動しようとしていた時期があって、「Boy In Luv」には中国語バージョンもあります。過去の台北や北京公演などでは「Boy In Love」を中国語バージョンで披露していました。後に中国では活動できなくなった(現状韓国アーティストのコンサートは出来ない)から結局それっきりになってますけど、つまりは日本がどうこうじゃなくて韓国の事務所によるグループの現地化活動戦略の一環って事だと思いますけどね...日本だけが特殊ではないです。その時期を知らない人の発言なんでしょうけど...

(大事な部分を太字にした)


そもそもなんで日本で日本語バージョンを出すようになったかっていうと、これは元々はSMエンタの戦略だったと思います。

2000年代初頭にSMは何回か日本進出を試みていましたが、韓国での人気グループをそのまま輸出しても当時はなかなかうまく行かず、そんな中で考え出したのが文化技術(CT=Culture Technology)理論と名づけられた「現地化戦略」でした。このCT理論というのは3段階に分けられています。


第1段階:韓国の事務所が直接作って輸出する

第2段階:海外の現地企業との協力を通じて市場拡大を図る

第3段階:現地企業と合弁会社を立ち上げ、韓国のCT(文化技術)を伝授する


現在では第1段階のやり方をしているのはアイドル以外の一部韓国アーティスト(NELLとかHYUKOHとか赤頬とか)くらいだと思います。第2段階というのは日本の芸能事務所やレコード会社と契約して活動すること、第3段階はYGEXとかSMやYGがやっている(た)事ですね。この「現地化戦略」においてあえて韓国のアーティストという売り方をしなかったBoA東方神起が日本のアーティストとほぼ同等のブレイクをした結果、KPOPという言葉が使われるようになる前から「韓国のアーティスト」というものがポップスやアイドルの分野でも一般的に認知されて受け入れられるようなベースが出来たんだと思います。このような経緯と素地があってこそ、その後のKARAや少女時代などが起点になった「KPOPブーム」では基盤を韓国に置いたまま日本でも韓国のように現地に近い方法で活動するというやり方の一部である「日本語バージョン」が成り立つようになったわけで、音楽業界にも一般社会的にもベースがないままウェブ経由でインターネットミーム、あるいはファンダム&スタンカルチャーがメインで支えるボーイバンドとしてチャート成績から注目されたアメリカとはそもそもの立ち位置とか扱われ方が違いますし、どっちが尊重してるとかいう話ではないでしょう。そういう状況下では、過去の事例をみても「外国人」がむしろ下手に現地語である英語で歌うよりも「外国語」の方が受け入れられやすいという部分もあると思います。多分それは本人達もわかってるでしょうし。

(「KPOP」自体が別物としてラベリングされてしまった時点で現状ではまだアメリカのポップス文脈には入れておらず、「音楽」というよりはエンタメ界隈の独立したインターネットサブカルチャームーブメントの延長上の一部という認識に近いようなので、異文化を尊重とかいうのとも少し違う気が。でもだからこそアメリカでも独立したジャンルにもなれるわけで。むしろ元々アメリカのカルチャーだったHR/HMの分野に入り込んだBABYMETALの方が「異文化として(ジャンルの文脈内に)受け入れられた」という方に近い気がしますけどね)


そういうわけで、「KPOP(BTS)にわか」で現地の業界システムにはいりこんで活動をしていない(あるいはその入り口に立ったばかり)のアメリカと、その時期を超えてKPOPとはすでに10年以上ズブズブな日本での活動を比べる事自体がおかしいと思います。今現在、多くのKPOPアーティストにとって日本で活動することとその他の国での活動には多分決定的な違いがあって、その他の国では「韓国の文化であるKPOPを広める」というのが現状メインでしょうが、日本ではその先の「日本の他のアーティストと同じ土壌で対等に戦う、あわよくば客を奪う」くらいのところに来てるし実際そうなってると思います。だからこその一種の武器としての「日本語バージョン」なわけで、欧米のアーティストのようにたまに来て稼いで帰るだけの「外タレ」では終わらないという強い意志の元で、あえて自分たちの看板とも言える韓国での代表曲を日本語に翻訳してパフォーマンスしているんではないでしょうか?例えばSMはCT理論の進化系のNCT理論で日本だけではなく中国(SJ−M・EXO・NCT DREAM・WayV)とアメリカ(少女時代・BoA・NCT127)で現地語バージョンをリリースしており、日本以外の国でも本格的に活動させるつもりの国での現地化のやり方はブレていません。一方アーティスト本人が楽曲制作に参加する事が多いYGは、前述の日本語化の区分のほかにアーティスト本人の日本語能力そのものをブラッシュアップさせる事で日本語バージョンへの「負担感」や「真正性」を上げるという手法を取っており、ライブに行けばわかりますが日本語でも「自分の言葉で」喋れるメンバーが多く、「ビジネスの都合上よくわかってない外国語でわざわざ歌わせられている」という事態を避けようとしています。中国でも一時期そういう風にしようとしていた流れはありましたし(スン...)。そしてBTSはどちらに近いかといえば完全にSMの方のやり方であって、つまりは「自分の書いた言葉で伝える」事を重視する「アーティスト」の側面よりも「活動の場でより多くの人々にアプローチする」という「アイドルポップス」としての使命の方に重きを置いているということではないかと思います。


というかですね、「ラップを外国語に翻訳されてパフォーマンスすることについてみんな考えてわかってるのか?」って、それこそパフォーマンスしてる本人達か事務所にこそ言うべき事じゃないですか?自分が書いたラップを外国語に翻訳された歌詞でパフォーマンスする事をどう思ってやってるんですか?って。KPOPオタクのほとんどは日本語バージョンいらないって思ってる人が多いんだろうし、誰に対してのどういう意図での問いかけなんですかね?防弾は昔から日本語バージョンの歌詞チェックにはすごくこだわってチェックが厳しいらしいですし、過去のインタビューや本人の言葉を思い出すと、個人的には「日本では日本語の方がより多くの日本のリスナーに意味を理解しながら聴いてもらえる(そしてそれが出来る環境がある)から、信頼のおける訳・作詞家の人に頼んだ日本語で歌いたい」って言うんじゃないかと思いますけどね。というか言ってた。国内の音楽のクオリティが上がって成熟してくると、「外国語の音楽」って徐々に大衆にとって不要になってくるというか、ピークを過ぎればだんだんマニア化してくる流れはあると思うんです。実際、今の日本での「洋楽」は一部の超有名アーティスト以外はそうなりかけてるわけで、KPOPは洋楽にならないためにその言語の壁を越えようとしてるのではないか(そうしてるから長く太く定着して衰退しにくいのではないか)と思う部分もあります。

日韓関係が微妙になればTVに韓国のアーティストが出ることや逆に日本語で歌う事を非難するような人たちも出てくると思いますし、「日本語/韓国語」っていうものが逆に非難のタネになる事もありますけど(韓国でもそうですし)だからって「(今もう十分売れたし)もう日本語でやんなくていいよ」って言うのって、自分たちがその事で好きなアイドルが非難されたり責められる姿を見たくないというエゴ以上のものがありますか?KPOPオタクの間では既にある程度話題になってファンもいるけど、これから何としても更に日本市場に食いこもうという野心を持って来ている新人グループはたくさんいるし、そういう人たちにも「今のままで素晴らしいんだから、日本で日本語バージョン出して日本語活動することないよ」って言えるのか、そしてそれをすでに日本でその過程を得て何年も経っててファンもたくさんいるグループのファンが言ってるって考えると、傲慢すぎませんか...?


今やDAY6みたいに楽曲制作してるメンバーが自ら日本語&英語で歌詞を書いてるようなグループも出てきてるし、逆にTHE BOYZみたいにタイトル曲含めたほとんどの曲が韓国でリリースしてない新しい韓国語&英語の曲(ちょっと日本語が出てきたりする)の日本オリジナルアルバムをリリースしたりするグループも出てきているわけですから、レコード会社には関係なく本当にいろんなやり方があるし、やってる韓国のアイドルたちが実際にいるわけです。そういう中でBTSは日本ではベタに他人が訳した日本語バージョンでパフォーマンスするというやり方を自ら選んでいる、そういうグループということなわけで、その現実を受け入れるべきなんじゃないですかね?誰も彼らに強要してないですよ。過去の日本でのKPOPの歩みやいろんな試みを無視するかのような今現在の一点しか見てない発言はあまりにもKPOPに対する敬意も欠けているし、BTS自体もKPOPのグループなんですから結局BTSの事もバカにしてんのかって感じます。


「日本で日本語でパフォーマンスすること」に関しては、ガチで自分たちがメインで楽曲制作しているNELLやZion.Tといった韓国のアーティスト達も過去にインタビューで語っていますから、是非100回くらい読んで欲しいですね。



Zion.Tのビルボードのインタビューは今は読めなくなってたので、スクショと己のツイート貼っておきます。BTSも尊敬してるアーティストでもあるZion.Tのこの前向きかつ発展的な発言に比べて、異文化を軽視してる発言のしょうもなさ感じませんかねっつう話ですよ。海外のアーティストや異文化に対して勝手に決めつけて軽視してるのはどっちなんだ?っていう。

f:id:djmusmusculus:20191207023428j:image
https://twitter.com/djutakata/status/1025303751148462081?s=21

 

何よりですね、実際彼らの事務所、間接的にはメンバー達も大手事務所とか人気のグループが海外で活動する時は、自分たちのグループのことだけじゃなくてKPOPを聴く人口の裾野を広げるような事をしなくちゃダメで(ノブレス・オブリージュとして)実際BTSは日本でそれを広げてきたと言っていて、韓国語に限らず外国語の歌は聴かない・聴いた事がなかったような層まで引き込ませるための一種の入り口とか手段としての日本語バージョンだという自覚がはっきりあると思うんですよ。それに付随する接触商法も一緒にやれば一石二鳥ですし(そこで積んでくれるようなファンがいっぱいつくというのはグループにとって現実的にありがたいことでしょう)。以前はライセンス盤を出していたBTSが日本オリジナルアルバムのみのリリースなったのも、今はある程度KPOPを取り巻く環境が安定して日本のアーティストと同じスタンスのやり方で良くなったという事でもあるでしょう。(レコード会社が変わった事もあるかもですが)そういうアーティスト側の能動性がある選択に対して、日本側がさせているんだろうと言わんばかりの一方的な独断に基づいて「日本語以外の言語を尊重できていない、軽視している自覚がない日本側からそうさせられているんだろう」呼ばわりするなんて、本当に視野が狭く偏った考え方なんじゃないの...ってちょっと呆れてしまいました。それって無意識のうちに日本が甲で韓国が乙の立場だという思い込みもあるからじゃないかと思ってしまいます。両者がビジネス的に対等だと考えてたらなかなか出ない発想だと思いますよ。プンプン!!😠

 

なんだかだんだん怒りのようなものが湧いてきてしまいましたすみません。

もっと広義で他の国のアーティストが海外で受け入れられるにはという事を考えた時、最初は外国語のままで何かの拍子でウケて(2010頃の日本と今のアメリカがこの段階に当たると思います)、更にそのアーティストがある程度のファンドムを得た後、音楽スタイルはそのままに現地語で活動する事によってもっと広い大衆にアプローチしようと試みる環境が出来て(日本は今こういう段階だと思います。アメリカはここまで行くかどうかわからない)更にその向こうの第3段階として「元の言語のまま現地のアーティストと同じように受け入れられる」という事だと思いますが、現実問題第3段階まで行くことは今はまだかなり難しいですよね。アメリカの一部アーティスト達はこの第3段階に行っていますが、それも英語という植民地支配と共に世界的に広がってさまざまな国で植民地語化していった言語がベースにあるというのは大きいと思います。韓国語や日本語といったもっとローカル言語で歌うアーティストにとっては今すぐ世界を変えよう!的な理想にはつきあっていられない現実もあるわけで、それでももっと売れたい(沢山の人にきいてほしい)し自分たちだけの一発屋ジャンルにはなりたくないという欲望を優先した結果の「現地化戦略」なんだと思います。日本だとONE OK ROCKなんかはこれの真逆を欧米圏でやっていますし、日本での「アイドル」というジャンルの位置づけを「ロック」というものの歴史や文化的背景にスライドさせて考えると、アメリカでロックしたいワンオクがアメリカで英語で歌う事と、日本でアイドルしたいBTSが日本で日本語で歌う事に違いがあるでしょうか?韓国のアイドルでもSMの例を考えると、東方神起とSJ、EXOとNCTの日本での認知度にはトータルでの人気とは関係なく差があるという現実がありますし。

 

SEVENTEENみたいに韓国のタイトル曲の日本語版リリースもなく日本語バージョンの活動曲としてのリリースもなく(注:わかりにくい文章だったので修正しました)レコード会社とも契約せずに東京ドームまでいったグループ(この辺も実際グッズの売り上げが高いグループが優先されるらしいとかまた別の事情はあるようですが)のファンが言うならともかく、実際日本語による現地化で人気拡大していったグループのファンが、自分が日本語バージョン聴いてファンになったわけじゃないからって言う事じゃないのでは?と思いますけどね。自分の理想に当てはめるために実際の彼らの辿って来た道、そしてあり方や考え方を歪めてる感じがします。実際リアルで見てきてないからその認識が歪んでるっていう事にも気づいてないのかもしれませんが...

 

追記:

2年前に似たようなご質問にお答えしてます。

この時はご質問の内容的にざっくり言うと売れるから日本語版出すんじゃない?というお答えをしましたが、今回はもちろんこういう事情もあると言うことは大前提で、ビジネス的な事ではなくカルチャーの面からの話をしました。

「現地語で歌う事を受け入れないのは差別的ではないか」というのが今回の趣旨なので、「2倍売れるから出すんじゃん」では答えになってないと思ったからです。2年前とはBTS自体の状況もかなり変わっていますし、「売れるから」だけでは説明が足りない状況になっていますし。

もちろん日本語バージョン出したらそっちも売れるからっていうのもあると思いますけど、売り上げ的にはそのやり方を受け入れなくてもいいくらいの段階にきてそうなのにまだやってるって事は、ことこのグループに関してはそれだけではない段階に来ているという事だと思います。

 

 

【ize訳】82年生まれキム・ジヨン | 日本で「82年生まれのキム・ジヨン」を読む

【ize訳】82年生まれキム・ジヨン | 日本で「82年生まれのキム・ジヨン」を読む

2019.02.12

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2019021209047246657

 

「似ているけどちょっと違う」「共感の中の違和感みたいなもの」

 

日本語版「82年生まれのキム・ジヨン(以下「キム・ジヨン」)」の人気に触発された日本のあるラジオ座談会で、本の翻訳者である斎藤真理子氏が最近、日本での韓国文学に対する注目の背景について述べた言葉だ。「一緒に米と味噌がのせられる食卓」に例えられたりもする文化的類似性は、日本で韓国文学を眺める出発点を他の海外文学のそれとは少し異なるものにしている。近年晶文社亜紀書房などの出版社を中心に慎重に企画され、日本国内の韓国文学の小さな流れが作られてきた中で、今年12月に100万部の小説「キム・ジヨン」が到着し「フェミニズム」という巨大な流れに合流して、市場とメディアの注目を浴びている。さらにこれが今の韓国文学に対する、そして作品の内的・外的土台となる韓国社会とそのリアリティに対する注目につながり、比較文化的な議論を刺激している。

 

キム・ジヨン」に限定して言えば「類似」は小説で展開される女性が経験する不当な現実とその背景だ。家庭を中心に女性/男性の規範と役割を強要し内面化させる制度と文化が、両国ともに根強く存在している。これが「ジェンダー格差指数115位(韓国)と110位(日本)」に要約される現実、すなわち女性に差別的で不利な現実を構造的に働かせ、再生産させる。この問題が、ある女性の暮らしを貫き破壊する様を扱った「キム・ジヨン」であるだけに、第1章から順調に日本の女性読者を慣れた世界に導く力を持っている。一方、「差異点」はどこに着目するかによって変わるだろうが、「現代ビジネス」に掲載された西森路代氏の指摘が鋭い。第一に、「韓国女性は男性に劣らず社会において活躍できるよう、少なくとも家庭レベルでは期待されている」という点である。韓国がIMF以降、激化した生存競争の中で「自分の子ども」に対する教育熱が男女を問わない側面があるとしたら、日本では教育段階から女性に対する機会と期待が制限されている。これに関しては2017年末に本誌に掲載したコラムで言及したことがあり、昨年明らかになった東京医科大学が8年間女性受験者の成績を一律に減点させ、入学を制限してきたという事実から端的に表れている。2番目の相違点は、作品の外で指摘される。それは「行動で現実を変えられる」という感覚と、そのように「文脈化してきた」経験の歴史だ。ここでは「Me Too」以前の雑誌「MAXIM」Mnet「SMTM」などメディアの女性嫌悪的表現に対する抗議事例とともに、抗議する市民社会の遠景として1987年の民主化運動まで遡及している。

 

このような比較は翻訳文学を紹介するための背景召喚である一方、日本のメディア空間でどのような韓国像が構成されているのか、構成されつつあるのかが確認できる資料となる。上記の雑誌で西森氏の文章と並んで掲載されたキム・ヒャンチョン氏の文章では「2000年代初めに韓国のジェンダー関連イシューを見て『日本で生まれてよかった』と安堵したが、現在の日本では『キム・ジヨンのような小説が出て話題になる韓国がうらやましい』という話が聞こえてくる」というコメントが登場し、実際「このような本がベストセラーになる韓国がうらやましい」というAmazonジャパンのあるレビューは韓日両国で繰り返し引用されている。この他多様な記事で1987年の経験が登場することからは、「日本とは違い、市民の団体行動で何かを変えることのできる躍動的な国」という(少尉進歩的市民陣営の視点で)多少神秘化された韓国像がちらつく。こうした一種の羨望の視線に文学分野において両国間の影響関係の方向性が逆転した最初の事例という異例性が加わり、世界的な"MeToo"の流れでも多少停滞を見せた日本に「韓国を見よ」という注文を触発することになる。

 

この2年間国内の多様な社会的な議論を巻き起こし、生命力旺盛なテキストになったこの作品が似たような問題を共有する日本社会に投げかけられることで、共感と関心を呼び起こすのは非常に肯定的なことだ。しかし、存分に和気あいあいとはしづらい違和感もある。「新潮」3月号の書評で鈴木みのり氏はこの小説が日本に呼び起こした共感の波や羨望の視線に慎重な警戒を表明する。作品はあくまで現実を追認するのにとどまったと限界を指摘し、作品が開いた空間に「出生時に割り当てられる『男女のいずれかの性別』に違和感を持たず、身体や服装などにおいて性別履行を行わない状態」を指すシスジェンダーしか含まれていないという排他的な側面に言及した。もちろん性別二元論に基づく女性の「平均値」リアリティは「キム・ジヨン」が選択した部分であり、この区分線によって排除された存在に対する配慮がないということが作品の欠陥にはならないだろう。ただし、鈴木氏の書評を通じて強調したいのは、決して「共感」したり「同等」ではない自らの具体性から出発しようとする読解態度だ。彼女自身がトランスジェンダーの女性であり、自らがこの作品と韓国の現実においてあくまで外側の人間であり、「私たち」個々人は互いに異なる共有できない属性の複合で存在すると強調する鈴木氏の文章は、なじみ深い一つの属性に形成されやすくとどまりやすい共感の持つ危険性を警戒していると考えられる。韓国でも日本でも「女性」の境遇は似ており、女性差別問題において今現在どちらが先に進んでいるといった具合に語られるとき(優劣を分ける一律的な基準が想定されるとき)、具体性に基づいて作っていくはずの次の世界への想像はむしろ後退しかねない。

 

もちろん、既に形成された共感が強いて「自分たちの問題」に対するもっと具体的な世界を構築することは、常に「次」の段階にならざるを得ない。斉藤(真理子)氏が「文春オンライン」コラムで書いた表現を借りると、この小説は日本で「議論のきっかけ」を作るのに「使える本」として機能する可能性を抱えており、それはすでにある程度その展開を見せているようだ。一方、Amazonジャパンのあるレビューは「この本自体は日本で愛されなくても別に関係ないが、この本と同じ位置や影響力を持つ文学は日本にも絶対的に必要だ」と述べている。全ての本がそうであるように、「キム・ジヨン」自体は波紋を起こす小さいが重い石であるだけで、これが今後どのような連関関係に置かれるかによって、話題の共感商品を超えて不当な現実を改善したり、他者への理解を深めるための媒体になるだろう。


文アン·ウンビョル("IMFキッズの生涯"著者)

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私も「82年生まれ〜」は読みましたが、面白くてすらすら読んでしまいました。読むだけでさりげなく色々な知識も入るし、文章も読みやすいです。「文学」とは少し違うかもしれませんが、面白く興味深いエンターテイメント小説で、主要人物と世代が近いのもあり勿論共感する部分というか同じだなあと思う部分も多々ありました。

 

しかし文中にもありましたが、韓国社会文化の事を実際にあまり知らない人がこの本を取り巻く状況を部分的に見ただけで、むやみに韓国を羨ましがるのも違和感はあります。フェミニズムの広がり方や速度も日本とは違いますし、日本ではどちらかといえばフェミニズムセクシャルマイノリティの距離が近い一方、韓国では特に近年ネット上で広がっている「フェミニズム・リブート」においてはマジョリティ/マイノリティという区分よりも「男/女」という、より二元化した生物学的ジェンダーを規範とした対立構造になりやすいという面もあるようです。だからこそこの文章でも「シスジェンダー的である」という日本での指摘をあえて取りあげたのかもしれません。日本は日本、韓国は韓国でそれぞれ異なる問題があり、それはどっちが「進んでる」とかいうような単純な話ではないという事だと思います。結局目くそ鼻くそという。(110位と115位だし正しい目くそ鼻くその使い方だと思う)そして「共感」や「連帯」自体は良い事だけど、現実の社会では「連帯」の輪に入れない・入らない存在の多様性にも目を配るのが本来の意味でのフェミニズムが目指すところのはずだという事もあるでしょう。韓国の場合は兵役システムという逆差別ともいえるような問題もありますし。(女性も志願すれば兵役につくことは出来るそうですが)


日本の場合は60年代の学生運動あさま山荘事件などの顛末がその後の行動様式に大きな影響をもたらしているのではないかと思いますし、もっと遡るなら大戦の時代の立場も真逆で、文化的に近い部分があっても根本に社会的な差異があるのは歴史的に当然だろうと思います。日本で語られがちな「日本とは違い、市民の団体行動で何かを変えることのできる躍動的な国」という目線を「多少神秘化された韓国像」と斬っているのがクールだなと思いました。単純にこの時期日本で公開された映画の内容などのタイミング的な事もあると思いますが。性的な事に対するスタンスも社会的にはかなり差がある(個人間ではあまり変わらないと思いますが)感じがしますし。日本の場合韓国に比べると変化がゆっくりなので世代間によって感じ方のギャップも結構大きいような感じもありますし...業界によってもかなりジェンダーギャップを埋める努力が進んでいる場所とそうでない場所の差がものすごく大きかったりで、個人のいる場所によって感じ方がかなり違うというのもありそうです。

例えばの話ですが、語学関係仕事をしている自分の友人が韓国人の友人に日本での仕事の紹介をした時に、「女性が社長で女性の社員が多い会社だよ」という話をしたら、「この規模で女性がトップオブトップなんですか?!やっぱり言っても日本は進んでる」とかなり驚かれたそうなんですが、言われた友人は「語学の分野で特に特定の言語だからっていう特殊性が大きいと思うし、全体で見たら『日本は進んでる』とはとても思えないよね」と言っていました。文化的社会的背景を細かく知らない状態で単純な比較は難しいという実例のように感じました。


それと韓国の人とこの本について話していて共感したのが「日本の文学や漫画、映画にも十分にフェミニズム的な作品は沢山あるけど、今の韓国ならフェミニズムを看板にするだろうというような作品でも、日本ではあえて標榜しないケースが多いようだ」という点です。日本のフィクションは良くも悪くもイデオロギーを前面に出すのはクリエイティブじゃないと捉える節があるような?社会運動が盛んだった70年代くらいまではイデオロギーを前面に出すスタンスの作品もあったようですが、あえて標榜せずに読んでエンタメとして楽しんだ結果、作者の信条が読み手に無意識に伝わって刻みこまれる方が「作品のレベルが高い」と思われてるような気がします。

(「キム・ジヨン」も作品としてその部分でも成功していると思いますが)


結局、この本を「読んで連帯する気持ちを持つ」だけで「なにがしかに参加した気分」になって終わるだけではなく(「話題の共感商品」っていう表現は言い得て妙だと思います)そこから「感想」を超えて自分なりに考えて議論したり、自分たちの社会の未来について具体的な行動を起こすことの方が大事という事だと思います。そういう火種になる力を「キム・ジヨン」は持っているという事ではないかと思いました。