サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

今韓国で1番HOTなアイドル、TeSTARを知っているか

2022年初頭、今1番ホットな男子アイドルは何かと訊かれたら、「TeSTAR」と答えるかもしれない。KPOPアイドルオタクであればあるほど、どこのグループ?きいたことがないけど?と戸惑う人もいるかもしれないですがそれもそのはずで、「TeSTAR」とは3次元のアイドルではありません。

いわゆるST☆RISH(「うたの☆プリンスさまっ」)やAqours(「ラブライブ!サンシャインっ‼︎」)のような「2次元アイドル」の一種です。

 

TeSTAR(테스타)が登場するのは、2022年現在カカオページ(Kakaoが運営するウェブ小説サービス)で連載中のペク・ドクスによるウェブ小説「アイドルになれなかったら死ぬ」(<데뷔 못 하면 죽는 병 걸림>)

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(KW BOOKS公式アカウントより)

데뷔 못 하면 죽는 병 걸림 - 웹소설 | 카카오페이지

(「推しが武道館行ったら死ぬ」みたいに訳してしまったけど、直訳は「デビュー出来なかったら死ぬ病」)

 

もしもSNSで「데못죽(デモッチュク)」という言葉を見かけたことがあるのなら、それです。タイトルからして日本のラノベばりに長いのが親しみがあるし、内容もいわゆる転生ものの派生タイプのストーリーですが、昨年の連載開始から半年でカカオページのミリオンページ(累積読者100万人以上、または売上100万ドル以上を記録した作品)入りを果たしました。また、月曜日から金曜日まで5日連続更新!というリアルアイドルのような脅威の更新頻度も、週2放送のドラマも多いイラチな韓国の読者には好評な理由のひとつ。そして2021年に最も読まれたウェブ小説になり、先日tumblbug(韓国の創作物向けクラウドファンディング)で行われた公式グッズのファンディングでは、4億ウォン(約4000万円)を超える売上を記録しました。 

 

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クラファングッズのデビューアルバムLPジャケット

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達成%によって追加されるリターンのメンバーのサインステッカー
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クラファンリターンのフォトカード。アイドルオタクなら絶対欲しいブツ。
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(KW BOOKS公式アカウントよりお借りしました)

[あらすじ]

物語の主人公は29歳で公務員試験生(韓国では若年層の就職率が低いため、公務員試験合格を目指して浪人する公試生という存在が一般的。ドラマなどにもよく登場する)4年目のリュ・ゴンウ。試験に失敗して酒に溺れた翌日、見慣れない天井のモーテルで目覚めると20歳のパク・ムンデという青年の身体になっていた。

「今日」は昨日からちょうど3年前の12月で、「アイドルとしてデビューできないと死ぬ」という無茶な運命に。 しかも、今の身体の主であるパク・ムンデはその当時アイドル練習生でもない一般人の上、アイドルデビューまでの期限はたったの1年。ゴンウは生き伸びるため、過去に大成功したTNetのアイドルサバイバル番組「アイドル株式会社」に参加することに。果たして無事にデビューして命を守りつつ、「なぜ自分がパク・ムンデとして目覚めたのか」という理由を突き止めることはできるのか...?!

 

「デモッチュク」が人気を博している理由のひとつに、アイドル業界とファン文化の描写がハイパーリアリズムと呼ばれるほどのにリアルということがあります。転生ものの主人公といえば「チート能力」がつきものだったりしますが、ゴンウ/ムンデの場合はメインボーカル候補になるレベルの歌唱力はあるものの、最も重要な部分は現世で公務員試験浪人をしている時に、いわゆる「データ売り」でお金を稼いでいたという部分でしょう。

 

「データ売り」とは、ファンではないけどアイドルの現場に入り、そこで撮った写真のデータを「マスター」と呼ばれる人たちに売る商売のこと。特に人気アイドルになるほど現場の数は多い昨今、マスターと言えども全ての現場に入れるわけではなく、しかし「どれだけ現場の写真を集められるか」がマスターとしての位の高さや資金集めにダイレクトに響くものでもあるので、「グレーゾーン」と言われるマスターの「ファン活動」を更に闇で支えているのが「データ売り」の人たちです。現地のコアなアイドルファンであれば知っているけど決して表立って語られることはない「データ売り」ですが、ビジネスとしてアイドルを撮影する分、各種の掲示板やコミュニティをこまめに覗いて「今どこの誰が人気があるのか」「どの現場の写真が価値があるのか」「人気アイドルの条件とは何か」というような事をデータ的に研究して把握しているそうですし、それぞれの現場や売買時のやりとりから、マスターよりも更に韓国アイドルファン文化の陰の部分を経験して知っている設定の人物が主人公というのが、「アイドルサバイバル番組」というアイドルとそのオタクの欲望がより剥き出しになる場所において、現世の経験をチート能力として発揮できることに説得力を与えている部分だと思います。

 

男子アイドルについての書き込みが盛んに行われる、いわゆる女超サイト(女性ユーザーの多いNATEやtheQoo、INSTIZなど)の描写が妙にリアリティがあったり、メンバー表す絵文字やファンによる検索よけネーム(ファンがつける一般的なニックネームの他に、ネット上でメンバー達に見られたくない会話をするために使われる隠語の呼称。日本でもありますが韓国のオタクもよく使っていて、これを知ってるか知らないかで見える世界はだいぶ違いそう)などが決まっていたりと、アイドルオタクにとってはリアルなアイドルを追っているような気分を味わえそうな、リアリティのある描写が秀逸なんですね。過去のいじめ疑惑や、さらにそのいじめ疑惑のデマ事件など、リアルタイムでアイドル界の流れを取り入れられるのも更新頻度の早いウェブ連載小説の強みかもしれません。

 

また、主人公デビューの足掛かりとなるのが、TV局TNetが制作した「アイドル株式会社」。小説序盤の主な舞台となる、アイドルデビューサバイバル番組です。

見るからに「プデュ」がモデルなこの「アジュサ」、過去に女性グループをデビューさせた「シーズン1」は大ヒットしたものの、男女混合グループを選ぼうとした「シーズン2」の時に参加者の間で「二股婚前妊娠」という韓国アイドル業界ではあり得ないレベルのスキャンダルが起きた結果、主人公が参加する事になるシーズン3の前にかなりのイメージダウンを起こしていたという設定です。

ゆえにレベルの高い参加者が参加しなくなり、カラオケを巡回しながら一般人をスカウトしてキャスティングしていたという特殊事情から、その時点では一般人だったムンデ/ゴンウがスカウトされて参加することができたのでした。

 

男子グループをデビューさせるシーズン3は開始にあたって「『憎くても、もう一度だけ見逃してほしい』と視聴者に懇願するというコンセプト」でタイトルも「再上場!アイドル株式会社シーズン1」にするところや、ムンデ/ゴンウが参加したシーズン3は商業的には成功したもののその分逆に大きな批判を浴びたり、「制作陣が勝手に特典とルールを変えたことで参加者間がギスギス」「シーズン4で再びガールズグループを選抜したが、より深刻になった悪魔的編集と参加者を搾取するような内容で大きな批判を受ける」「脱落者を他の参加者が直接選定するようにルール変更したことで(どっか他のサバイバルで見たやつ!)批判は最高潮になり、デビュー組のメンバーは大量の悪質な書き込みを送られてメンタルをやられた上に、途中脱落した参加者たちは制作陣の裏側を全て暴露。番組のイメージは最底辺まで堕ちたがビジネス的には成功。」「黒歴史だったシーズン1・2をなかったことにし、第5シーズンではTeSTARがデビューしたシーズン3がシーズン1だと強調」など、ほかのサバイバル番組も含めたえむねっryへの皮肉のようなものが感じられるような設定も随所に見られたり...。

 

しかし、「プデュ」「アイドルデビューサバイバル」という韓国の若者であれば知らない人はいないような出来事をベースのモデルに敷くことで、現実のアイドルファンはもちろん、ファン活動をしたことのない人たちもハマって楽しめるようなバランスが絶妙というのも、人気の理由のひとつだと思われます。

シーズン3の結果や主人公以外の登場人物に関しては前半部分のネタバレになるのでこの後に記載しますが、アイドル候補生たちもそれぞれが「いるわ〜」というアイドルあるあると「流石にいないっしょ」というフィクションの良い部分をちょうどいいバランスで取り入れたような魅力的なキャラクターばかりです。二次創作も盛んで、そもそも自分がこの作品を知ったのもツイッターで二次創作絵やファンによるイベント投稿を見かけて「このキャラクターよく見るけど知らないな。なんの作品だろう?」と思って調べたのがきっかけでした。最近ではZ世代の流行をリサーチする韓国の情報系サイトで紹介されたりと、一般メディアからも注目を集め始めています。

 

12月にはアイドル広告の掲載場所として有名な建大入口駅に公式が企画した主人公のパク・ムンデの誕生日広告が掲示され、認証ショットをSNSにあげるとポイントがもらえるイベントなどが開催されました。

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(カカオページ公式アカウントより)

勿論ファンによるバースデー広告やカフェイベントもあり、ほとんど実際のアイドルのようなファン活動が行われていたりも。二次元キャラなのでFAが使用されていて、本人の写真そのものがないため(公式の挿絵はありますが)肖像権は結果的にある程度守られているというのが現実と比べると奇妙なねじれのようにも感じなくもなかったり。2021年11月にはTeSTARの公式Twitterアカウントが開設されましたが(@T1stars_TeSTAR) 、フォロワーはすでに1万人を超えています。未翻訳の小説原作ゆえにフォロワーの殆どが韓国ローカルという事を考えるとなかなかの勢いです。

 

この作品の大ヒットは2020年代のカカオページでの「男子ドルもの」流行のきっかけとなり、特にそれまでのアイドルものを凌駕するレベルのリアリズム考証で男子アイドルジャンルの読者層を大幅に拡張させた作品と言われています。

カカオエンターテインメントの代表は「ウェブトゥーン化などを通じて無限に拡張できる作品」という期待を示していましたが、実際にウェブトゥーン化が決まったそう。韓国ウェブ小説の翻訳はまだややハードルが高めですが、カカオに掲載されるとしたら「ピッコマ」(カカオが日本で運営しているウェブトゥーンアプリ)で読める日が来るかもしれません。

 

最初にST☆RISHAqoursと名前を並べましたが、これらの2次元アイドルとの最も大きな違いは、「そもそも現実に楽曲もパフォーマンスも存在しない」ということ。うたプリラブライブは原作がゲームで、過去にヒットした日本初のアイドル2次元もののほとんどが最初から楽曲やパフォーマンスとセットでした。「韓国のアイドルといえばといえばクオリティの高い楽曲とパフォーマンス」というイメージが強い人もいるかと思いますが、実際に韓国内で最初に大ヒットした「二次元男子アイドルもの」が楽曲もパフォーマンスも存在しないウェブ小説であるという現実が、「何故人はアイドル推すのか」という根源的な問いかけを図らずも投げかけているような気もします。

(実際これは「プデュ」以降の韓国でも度々話題と疑問が出ながらも、なんとなく曖昧な事柄だった気がしますが)

ちなみにTeSTARのオタクの中には作中に出てくるアルバムの架空デザインに始まり、楽曲を勝手に作曲してSoundCloudにあげたり、MVにしてYouTubeにあげるという「オタ活」をしてる人たちもいます。

 

[以下、TeSTARデビュー以降のネタバレに関することがありますので、知りたくない方はご注意ください]

 

 

 

現在の展開ではすでにアジュサシーズン3からデビュー済みのTeSTARの掛け声は、「アテスタ、今日何か見せてくれる!」でファンダム名はLoviewer。グループ名にテストが入っているのでファンの方にはレビューが入ってるらしい。所属事務所はT1STARS。

デビュー曲の成績は音源サイト24時間ユニークリスナー8万人、初動60万枚販売と作中の当時としては空前のヒットという設定。これはリアルでも男子グループの成績としてはかなりのヒットで、音源もこのレベルというのはほぼWANNA ONEですね。

メンバーは7人で元売れないアイドルグループ出身や元子役、アメリカ出身、元オリンピック金メダリスト、顔も育ちもいいのに過去のトラウマで性格が暗かったりマンネラッパーが作詞作曲担当など、過去のアイドルあるあるが凝縮されたドリームチームと言えるかも。

 

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余談ですが、TwitterでTeSTARと検索すると日本のAV関連会社がヒットしてしまうのが、ちょっと困った。