サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ize訳】音楽授賞式はなぜ失敗するのか

【ize訳】音楽授賞式はなぜ失敗するのか

 

2017.12.06
http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017120600147232224

 

この1日、大統領府の国民請願の掲示板には「MAMA(アジアンミュージックアワード)という授賞式は投票、審査に対する公正性がありません。 審査委員もすべて公平に選ばれませんでした。昨年もこのような出来事があったが、今回の機会に廃止されたらいいと思います」という請願が掲載された。 2日に開かれたMMA(メロン・ミュージック・アワード)は国民請願はなかったが、いくつかの部門の受賞の結果について複数のオンラインコミュニティで公正性に対する議論が続いている。 もちろん、韓国大衆音楽関連の授賞式はたびたび論議が起きている。 根本的な理由は審査基準自体があいまいなためだ。 MAMAとMMAは名称が違うだけで、今年の歌手、今年の歌、今年のアルバムなど主要部門にオンライン投票、審査委員の点数や音源やアルバムの販売量を合算して反映する。 誰が受賞しようと、投票の成績が悪いとか、販売量が少ないとか、または完成度が落ちるという理由での問題提起は可能である。

 

だから、問題を解決する方法は簡単だ。 韓国で市場占有率が最も高い音源サイトのMelonで開催するMMAは、音源の成績に従って表彰したら良いのだ。Mnetが「韓国のグラミー」を標榜して開催するMAMAは、グラミー賞のように専門家たちだけで構成された審査委員団の投票だけで決定すればよい。 もしくはMelonのように音源サイトを運営しているMnetもチャート成績どおりに賞を与える事も可能だ。しかし、ほとんどの韓国の大衆音楽授賞式は、アイドルグループファンドムの参加で成否が決定される。 MMAはソウル高尺ドームで、MAMAはベトナム、日本、香港で開かれた。 この公演場をすべて満たすためには、KPOPと呼ばれるアイドルのファンの参加が絶対的だ。 オンライン投票が必要な理由である。ファンドムが大きな人気アイドルグループの音源の成績が足りなくても、ファンドムオンライン投票を沢山すればこれを補完することができる。 様々なファンドムがオンライン投票に参加し、授賞式に対する関心が値上がりする付随的な効果もある。 ファンドムの投票で興行を保障しながらも、他の要素で授賞に対する名分を一緒に保とうということだ。

 

これは欺瞞的だ。ファンダムは好きなアーティストに対して投票に参加し、彼らを見るために公演場を訪れる。 公演場ではどんな形であれ、ファンドムが多くのグループの名前を叫びながら雰囲気を盛り上げる。 しかし、受賞の結果であれ、授賞式の名分であれ、彼らを中核であると認めている授賞式は見あたらない。 MAMAは東洋一の授賞式という地域的特徴を、MMAはメロンチャートを強調する。 今年の音楽授賞式に対する議論が続いて起こった根本的な理由だ。 韓国大衆音楽産業で歴史的だと言っても過言ではないほど、今年は莫大なファンドムを持ったボーイズグループが同時に活動した。 EXO、防弾少年団WANNA ONEが今年はどれだけ大きな反応を得たかは、あえて説明する必要がないだろう。 PLEDISエンターテインメント所属の2つのボーイズグループであるSEVENTEENとNU'EST Wもまた、初動の販売量(最初の週のアルバム販売量)だけで計20万枚を超える。 授賞式は、このようなファンドムの熱気を投票と公演参加に活用した。 しかし、投票、販売量、審査委員の点数を混ぜた授賞基準は、どのファンダムも満足させることは難しい。 そうであると大衆に信頼性を認められたこともない。 現在韓国において、ファンダムの外でも結果を注目される音楽授賞式は存在しないと言っても過言ではない。

 

今年防弾少年団を招待したアメリカン・ミュージック・アワード(AMA)とビルボードミュージック・アワードは、防弾少年団だけでなく彼らのファンドムであるARMYをまた他のゲストのように扱った。 ハッシュタグによりアメリカン・ミュージックアワードは、「#ARMYxAMAs!」でハッシュタグによりARMYに接近し、アメリカン・ミュージック・アワードを積極的に広報し、ビルボードミュージック・アワードは防弾少年団がレッドカーペットに立つ時、ARMYが歓呼を送る様子にスポットライトをあてたりもした。 彼らは各自の基準によってゲストを招待し、ゲストを招待した理由を積極的に強調する。 ファンドムの熱気が理由で授賞式に招いたのなら、ファンドムの力に注目するのが当然だ。 しかし、韓国の多くの音楽授賞式はファンドムを最大限利用するものの、彼らを浮き彫りにしてはいない。 さらに、MAMAは今年ベトナム、日本、香港で公演を開くなど、収益性は最大限に高めつつも公演の質は急激に下がった。 日本公演の場合、放送状態がよくなかっただけでなくいくつかのグループはサビの部分でさえ振りつけの代わりに歓呼する観客や天井を撮った映像が登場したりもした。 公演場所が増えて準備が不備だったのであれば、MAMAに対する海外ファンの反応を誇示するためにMAMAは授賞式に最も貢献した消費者たちを無視したわけだ。 今、韓国の大型音楽授賞式は市場の流れも、上品な名分も、素晴らしい公演もなかなか見せられていない。それなら、授賞式は一体何故存在しなければならないのか。 困難だとしても本当に審査の権威を立てていくか、授賞式に寄与する彼らを認定するのか、少なくとも二つのうち一つはしなければならない。 名分と実利を同時に持って行きたいのならば、それだけの誠意が必要というのが道理だ。

 

文 カンミョンソク


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韓国の音楽アワードの特に大賞は毎年謎の結果が出がちですが、以前はグループのパワーバランスがはっきりしていたので一番人気のグループがファンドムも一番大きいし大体は音源も音盤も(アイドルの中では)一番売れる傾向にあったのでわかりやすかったのが、デジタルとアナログの売り上げ傾向がよりハッキリとわかれるようになってアルバムや曲に関していえば必ずしもファンドムが大きい=一番売れているとか曲が売れて知られているではなくなったし、アイドルそのものが増えて「人気」の基準が多様性に富むようになったのが一層ファンドム間の争い(?)を激化させている一因なのかもしれないと思いました。

 

この文章にあるように、授賞式の客寄せにはファンドムの大きいアイドルの出席が絶対で、その彼らになんらかの形で受賞させるために審査基準のなあなあさがより露呈しつつあるのかなと。以前からそうではありましたが、出席してくれるアーティストの中から賞を決めてる感じが丸わかりだし。それでもMAMAはケーブルTV局の賞なので、Mnetの選んだ審査員が40%を占めるというのがその賞の基準というのは別に構わないと思うんですが(基準はあげる方が決めれば良いことで、その基準をコロコロ変えたりしなければ偏りがあっても個人的には別に良いと思う)韓国シェアナンバーワン音源プラットフォームというのが名目のMelonが主催するMMAに関しては、音源プラットフォームが音源成績を基準にしないならアワードをやる意味がそもそもないのでは?とは正直思います。もしオリコンがアワードを作ったとして、「オリコンランキング年間上位ベスト40の中から人気投票を加算して10組選んで、その中から大賞やソングオブザイヤーを決めます!」って言い出したら割と意味がわからないと思うんですけど(そしてそんな事をされても煽られて投票するファンドムは多くはないと思うのですが)その意味のわからない行為がMMAではまかり通っていると言う事で。今年は結構ベテラン歌手も曲が売れた年ですが、若い子に人気のトレンディな歌手やアイドル以外はそもそも人気投票でふるい落とされて、ノミネートすらされないし。一応ジャンルごとに部門を分けてはいますが、トロットやバンド、hiphop以外はそれもなんだか曖昧というのもあり。ステージは素敵な演出が毎年多いと思うんですけど、ファン投票の存在が巨大なバイアスになっていてそれが賞の価値を逆に貶めてる感じはします。


いっそ授賞式とお祭り的な歌謡祭みたいなものでわけて開催した方がいい気もしますが、プデュの加熱ぶりを見るとやはり現在の韓国ではこういう投票システムとか対立構造そのものが熱くなりやすく、それで盛り上がって経済が実際に動くのでファンドムがアワードに栄誉を感じて食いついているうちは仕方ないのかもしれません。(栄誉を感じてるというよりはもはや「他所にはあげるのにうちの子にはくれないとか、沽券に関わるから許さん」みたいな域なのかもしれないけど)韓国のアイドルファンドムは他の国と比べて非常に政治的なのが一番の特徴だとは思うんですが、それの悪い部分が最大限露呈するのがアワードなのかもと毎年思います。賞の公正性を一番声高に叫ぶのも賞のバイアスの恩恵を最も受けやすいファンドムが大きいアイドルグループのファン達だというのもまた、皮肉な話のような気がしますし。結果的にアイドルのファン以外は興味ないし価値もアイドルファンの間だけのもので、アイドル本人ももはや自分のためというよりはファンの手前受賞したいと思っているのではないかという、音楽番組での1位と似たような感じになってる気はします。アワードをとっても家賃は払えないと、今年KMAのフォーク部門で受賞したアーティストのイランが受賞スピーチの場でトロフィーを競売にかけた件と表裏一体なのかも。
(MMAやMAMAはステージをやればギャラは出るでしょうが)

 

そういえば文中にも出て来ましたが、AMAのタグとかマスコミ取材や各種番組での扱いを見ていると、どうもやはりBTS本人や楽曲やパフォーマンスよりも「ファンであるARMYの熱狂ぶり」が現在のアメリカのメディアのBTSに関する一番の関心事項なのかなとは思います。アーティスト本人達よりは現地ARMYが主役という感じ。この扱いをファンがどう思っているのかはわかりませんが、韓国の授賞式がファンを主役に置かないのは、韓国社会が「ファンドムからだけの評価には真の価値がない」と思っている部分もあるのかもしれません。確かに身内以外の人からも褒めてもらいたいものですし、本来アワードというのはそれを表すものだったのではないかと思いますが...。