サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ハンギョレ21訳】ユンヒからユンヒへ(映画「ユンヒへ」)

ユンヒがユンヒに

「「自分」なしに生きたあなた、

キム・ヒエ主演の映画「ユンヒへの手紙」

 

ホ・ユンヒ記者

登録:2019-11-15 15:44

修正:2019-11-18 15:28

http://h21.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/47861.html

*映画「ユンヒへ」のネタバレが含まれています。イム・デヒョン監督の電話インタビュー、映画試写会の取材をもとに記事を手紙形式で構成しました。


To. ユンヒ

 

ぎゅっと結んだ髪に化粧気のない顔。仕事場に向かう車の中で窓の外を見る時も、家でフォトアルバムを探して見る時も、街を歩く時も。どこかを見る目は寂しく寂しく見えます。あなたの娘はこう言います。「ママとパパが離婚する時、私はどうしてママと暮らすと言ったんだろう?」「ママはパパよりも寂しそうだったから」。幼い娘にも抱かれた寂しさは、どれほど深いことだろう。

 

映画「ユンヒへ」(11月14日封切り)で、中年女性であるユンヒ、あなたの厳しい生活を見ました。学校給食の調理師として働いて、離婚して高等学校3年生の娘、セボム(キム・ソへ)とふたりで暮らしていますね。たまに酒を飲んで訪れる前夫の訪問以外に特別なことはなく、ただ平凡に生きていきます。いや、一日一日を耐えているようですね。


ある日、日本から来た手紙が届きましたね。ユンヒへで始まるその手紙は、初恋の人からもらったラブレターです。

「ユンヒへ。元気?長い間こう聞きたかったんです。あなたは私を忘れたかもしれませんね。もう20年も経ったので。急にあなたに私の消息を伝えたくなったみたいです」


初恋、20年ぶりの手紙

この手紙をもらって、予定のない日本旅行に行きます。娘と一緒に。あなたが行った北海道の小樽は雪の地ですね。腰まで積もって目に眩しいほど美しい。そこで。あなたの初恋を見ました。あなたのように寂しい目をした中年女性ジュン(中村優子)を。韓国で青少年時代を過ごした彼女は、両親の離婚で日本に帰って叔母と住んでいます。獣医として働いているジュンは可愛い猫を一匹を飼っています。


タクシーに乗り、初恋の人のいる家の前まで行ったあなたは、ジュンが家から出てくると隠れてしまいます。遠くまで彼女に会いに行って隠れるしかないあなた。何があなたを阻んだのですか。そんな風に彼女には会えずに、ある居酒屋に入って彼女に会ったかのように話すあなたは悲しい嘘をつきますね。友達に会ってご飯を食べて話をしたと。その頃ジュンは、自分に好感を持つ別の女性に言います。自分のセクシャル・アイデンティティを隠して生きなさいと。これまで自分がそのように生きてきたように...。異性愛中心の日本社会で、ジュンもあなたのように自らのセクシャル・アイデンティティを隠しながら生きてきました。


今まで自分の本音を言わなかったあなたはジュンに送る手紙を書きながら、自分がどういう風に暮して来たかを語ります。同性愛者である自分を否定した家族の話、精神科の治療を受けなければならなかった過去、兄の紹介で強制的に結婚するしかなかったということを。兄だけを大学に行かせ、自分は女だという理由で大学進学の夢をあきらめたという話も。そんな彼女を可愛がっていた母が、あなたにカメラを買ってくれたという話を...。その時になってあなたを少しは分かったようでした。長い間、抑圧された人生を生きてきたことを。異性愛の家父長的な家族制度の中で、女性でありセクシャル・マイノリティとして生きてきた彼女が耐えてきた人生はどれほど大変だったでしょうか。自分に与えられた人生が「罰のように感じられた」というあなたの言葉は、生きることがどれほど苦痛だったかを物語ります。


制作段階では、あなたが出る映画のタイトルは「満月」だったそうです。英文のタイトルは「Moonlit Winter」です。そういえば、映画の中で満月がよくカメラアングルに収まっていました。満月、三日月、半月。イム・デヒョン監督が語ってくれました。「映画の中の月は、重層的な意味を持つメタファー(隠喩)」だと。三日月から満月になっていくように、徐々に元の自分の姿を表わす月のように、ユンヒ、あなたが自分の姿を取り戻す意味があると。愛への懐かしさがこみ上げてくるという意味もあります。

 

満月のように自分を探す

あなたとジュンの恋物語の他にも、他の人の恋も見せてくれますね。ジュンと同居する叔母さんは、とても昔に6ヶ月ほどの短い時間つきあったその人がまだ時々懐かしいと言います。自身も一生恋しく思い出す人がいたと照れくさそうに告白する叔母。姪のジュンを育てながら生きてきた叔母の心の片隅にも懐かしい恋がありましたね。あなたの10代の時の姿に似ているところが沢山あるという娘、セボムの愛は甘いです。学校の運動場に捨てられていた手袋を繕い、片手づつはめたセボムとボーイフレンドのギョンス(ソン・ユビン)。日本の旅行までついてきたギョンスとセボムが母親の知らないうちに秘密のデートをするシーンは、静かで穏やかな映画に笑いをぽんぽん飛ばします。あなたとジュンが恋愛していた時の姿もこうだったんでしょうか?

 

あなたにもジュンにも、隣でエールを送ってくれる存在たちがいますよね。ジュンのそばには叔母さんが、あなたのそばには娘のセボムが。ジュンとあなたをまた会わせてくれた方は叔母さんです。ジュンが20年間、送れなかった手紙を代わりに送ってくれたからです。娘も日本旅行を提案してあなたの愛を応援します。彼らの言葉のない応援は、連帯の別名ですね。お互いを各自のやり方でなだめて慰め合いながら、ずっと生きていこうと手を取り合ってくれているようです。


いよいよ、あなたは20年ぶりにジュンに会います。あなたを先に見つけたジュンが「ユンヒ?」と立ち止まり、ジュンを見たあなたは、彼女と数メートルの距離を挟んで立ちじっと見つめあいます。何も言えず、目尻がしっとりと濡れていましたね。20年ぶりにとても会いたかった初恋を目にしたあなたは、息を殺して泣きます。そして無言でジュンと距離を置き、並んで雪道を歩いて行きます。一緒に歩くその雪の降る街がとても暖かく見えます。


映画の最後に、娘がある食堂の面接を受けるあなたを撮っています。「小さな食堂を構えたい」と初めて「未来」を語るあなたは、その夢に向かって第一歩を踏み出していますね。その時になって、映画では終始あまり笑わなかったあなたが笑います。ナレーションであなたの声が聞こえます。

「元気?あなたからの手紙が届いたらすぐにあなたに返事を書くよ。私も時折あなたのことを思い出したし、あなたのことが気になっていたよ。すべてが信じられないくらい昔のことになってしまったね。あなたは恥ずかしくないと言っていたよね。私もこれ以上、自分を恥じたくない。そう、私たちは間違っていないから。いつか私の娘にあなたの話をできるかな?勇気を出したい。私も勇気を出せるはず。」


ユンヒとして生きるということ

あなたが今まで必ず隠してきた自分を、探しに行きましょうか?本当の自分の姿がどうだったのかさえ分からずに生きてきたあなた。これからはセボムの母ではなく、ユンヒという名前で完全に自分の人生を生きていくことができるのでしょうか。この問いにイム監督はこう言いました。この映画は、中年女性が初恋の人を探し求める過程で自我を探し新しい人生を生きるという点で、女性の成長ドラマとも言えます。あなたはこれからセボムの母親ではなく、レズビアンであるユンヒが描くことの出来る中年女性の物語を作っていくんでしょうね。


映画は終始、愛について質問を投げかけます。愛とは何だろう。他人を愛することは誰もができるわけではない勇敢なことだと映画は伝えます。誰かにとってはもっと勇気を出さなければならない愛。叶えられなかった初恋を抱いた世の中のすべてのユンヒに映画は「どんな恋でもいいのだ」と慰めて慰労します。一人で苦しんで息を殺して泣いている「ユンヒ」たちにユンヒが伝えます。


From. ユンヒ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

映画『ユンヒへ』特別映像 - YouTube

(元々リンクしていた韓国の動画が見られなくなったので、他のリンクに差し替えました)


「ユンヒへ」は2019年の釜山国際映画祭でクィアカメリアアワードを受賞した作品です。同性愛者の中年女性の姿を描いた点で韓国版「キャロル」とも言われているようです。娘のセボム役はI.O.I出身のキム・ソへでした。

主演のキム・ヒエが「私の年齢では主役になれる映画はかなり少ない」と語っていたのも印象的でした。確かに中年以上の女性が主演の韓国映画は今でもあまり多くないかもしれません。これを書いた記者の方の名前もユンヒなので、こういう形式になったのかな。