サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【idology訳】KCON LA 2017レポート:②「繊細かつ大胆に、生活の領域へ」

【idology訳】KCON LA 2017レポート:②「繊細かつ大胆に、生活の領域へ」

 

byキムヨンデ on 2017/09/07

http://idology.kr/9285

 


今年の「KCON」を通じて確認したもう一つの重要な変化は、「アジアの音楽」あるいは「ワールドミュージック」のサブカテゴリとして認識されたKPOPが徐々に独立した普遍的なジャンルとして受け入れ始めたという事実だった。イベントに参加したファンたちの多くは、KPOPをアメリカのポップの有力な代替としてあるいは一緒に楽しむことができるトレンディなポップスジャンルの一つとして認識して楽しむと言っており、日本や他のアジア諸国の大衆音楽との類似性よりもむしろ、彼らの聞いて育った米国のポップミュージックとの連携を強く感じているように見えた。文化的に柔軟で、国籍を問わずトレンディな大衆音楽を聴く若い音楽ファン、特に10代から20代前半までの若い女性音楽ファンにとってKPOPの訴求力は無視できないレベルにまで拡大している。彼らによると、K-POPはアメリカの音楽が与えられないことを提供しているという。もちろん、その核心はアイドル音楽だ。世界中どこでも簡単に見つけることができない多様なジャンルとフォーマットのKPOPアイドルは、ポップスの本場である米国がカバーしていない侮れない規模のニッチな市場を単独で占有しており、現在の米国の若者の好みに直接影響を与えているポピュラー音楽は、アメリカの破裂音を除けばK-POPアイドルが事実上唯一のジャンルだ。

 

これは一般的なKPOPファンだけの意見ではない。現在アイドル音楽業界で最も活発に活動しているスウェーデン出身の作曲家、アンドレアス・オベルグは前回の筆者とのインタビューで、韓国のアイドル音楽が米国のR&B、スウェディッシュポップとどのように感情的に接しているかどうかについて言及した事があるが、「KCON」に参加した作曲家や評論家たちもKPOPが米国のアーバンブラックミュージックに最も近い非米国圏の音楽の一つであると共通して指摘している。アイドル音楽をアメリカのポップスのB級バージョンとして貶めているという意見については、むしろ新しい音楽の実験と想像力を可能にするフォーマット、すなわち、最もホットでトレンディーなトータルパッケージ音楽であるという部分を指摘している。これに関連し、現場で会った作曲チームLDN Noiseは、複数の英米圏のアーティストたちとの作業ではあるがK-POPアイドルの音楽は彼らにとって「新世界」に感じたし、クリエイターとして拒否するのが難しい興味深い領域だと強調した。現場で会話を交わした米国の記者や有力ブロガーたちは、防弾少年団ビルボードアワード受賞や最近ラッパーJAY.Zの会社であるロックネイションと契約したパク・ジェボムの事例に言及し、これがKPOP人気の頂点ではなく前奏曲になる可能性を展望することもした。

 

「KCON」は明らかに「西洋のオタク」たちが繰り広げる「彼らだけの宴」だ。パネルはアイドルからKビューティーに至るまで、Kカルチャーをめぐる想像可能なすべてのトピックを上げていた。さらに「韓国で勉強し生活する」「バイラル動画の作成」など斬新なテーマを真剣に議論する姿は、果たして彼ららしい姿と言えるだろう。特に北米人の生活の領域に関連するテーマが過去数年間特に目立っているという点は興味深い。例えば、昨年あったLGBT +パネルは、最近の変化の様相を反映する代表的な事例である。YouTuberとして活動中のセクシャルマイノリティたちが集まって彼らの愛するKPOPについて話を交わし、ひいてはKPOPを媒介として一つになったアメリカのセクシャルマイノリティーのファンの結束と連帯を約束する姿はまさに「韓国」を飛び出しており、それらはより一層意味あることだと言える対話の場であった。今年最も印象的なパネルのひとつであったKPOPの中のブラック・ミュージックのアイデンティティに関する議論は、KPOPが現在直面しているもう一つの問題点に目を向けさせる議論であった。 KPOPの有力な消費層として浮上しているアフリカンアメリカンが発表者と観客で会場を埋め尽くした中で、アイドルとKPOP全体で行われている文化の転用と人種主義の明白な、あるいは微妙な事例について話を交わす姿は非常にユニークな光景だった。自由に批判をして反論をする渦中でも、それらを支持して愛することしかできない「オタク心」の矛盾について納得する彼らの姿は新鮮だった。ブラックミュージックではなく韓国の音楽を聞くと仲間から二重の差別を受けると涙を見せた黒人青年と、彼に励ましの拍手を送る観客たちの姿を見て、すでに複雑なアイデンティティになった進化したKPOPの現在と文化が持つ力を今一度確認することができた。他にもガールズグループファンとして生きる女性たちの集まり、KPOPアイドルのファンを親に持つ人々の悩み、中年に入ったKPOPファンの告白、KPOPファンから始まり現在KPOP関連の各業界で活躍している業界従事者たちのサクセスストーリー等は、もしも「KCON」がなかったらどこでも見る事が出来ないであろう彼らだけのカスタマイズ公論の場であった。 KPOPを韓国の大衆文化として認識しながらも、同時に北米のサブカルチャーとして新たに位置するようなこのような動きは、最近その傾向が驚くほど急速に進んでいる。彼らにとってKPOPは韓国人たちが考えているよりもはるかに、ディープな趣味というだけではなくそれ以上の意味を持つ生活の一部になっている。

 

過去10年間米国に滞在し観察したところによると、米国は世界のどの文化圏よりも高いポテンシャルを備えたKPOPシーンのひとつとして急成長している。そして「KCON」では、この成長と変化の様相が毎年正確に確認されている。初期の「KCON」が広報用ショーケースに近いニュアンスを帯びていたとすれば、今はすでに世界最大の音楽シーンの一つである韓国大衆音楽と、そこから付加的に派生した多様な文化の威力を誇示する性格で進化した。北米は韓国、日本に次いでKPOPのトレンドを作ることができる、新しいファンドムを保有している。 3年前に今まさにデビューしたばかりの防弾少年団が「KCON」に到着して巨大な歓声を受けるのを見て、北米市場が今とは全く異なるポテンシャルを持つ市場に変わると予想しており、実際に彼らは他でもない、北米の熱狂的な人気に基づいて全世界に影響力を拡散していった。歴史が深く、実質的な収益が発生する日本市場に比べるとまだ微弱な段階であるが、ブラックミュージックという音楽的共通分母を持っている独特のサブカルチャーを形成し、付加価値を上げる北米市場特有の熱狂的なファン文化を過小評価する必要はないだろう。 KPOPは韓国が作っているがもはや韓国だけのための音楽ではなく、アジアのコミュニティに閉じ込められている枝葉的なフローチャートではない。現在、KPOPは韓国が作った多国間でのコスモポリタン的なモダニティのモジュールに基づいて容易に崩れない強固な音楽システムを構築しており、これにより出てくる安定した品質の音楽は、アメリカの大衆に彼らの大衆音楽を代替、あるいは補完する最も魅力的な選択肢としてアピールしている。「KCON」はその可能性を圧縮して要約的に示しており、その意味では「KCON」の成功は、単にイベントの成功という概念を超えておそらく一つの文化現象と呼ぶべきかもしれない。

 

ビルボードK-POPコラムを寄稿するジェフ・ベンジャミンは2年前、筆者とのインタビューでKPOPの企画会社に対して積極的な態度を要求したことがあった。果たしてKPOPはより大胆に、より繊細に進んでいるのだろうか?北米で先に認められたと言っても過言ではない3年前の防弾少年団や今年のK.A.R.Dは、K-POPのトレンドがその起源から一方的に供給されるのではなく、循環的構造を介して拡散されることを見せてくれた最も劇的な事例であった。今年2日間の公演の中でも、圧倒的な歓呼を受けたWANNA ONEの驚くべき人気は、アイドルコンテンツがミュージックビデオやバラエティに寄らず、北米と韓国の両方で正確に同時に消費されていることを示した証拠であった。 NCT 127の人気はむしろ韓国よりも米国でより直接的に感じられ、2日目の公演のフィナーレを引き受けたばかりのSEVENTEENも米国でより熱狂的なファンドムを抱えることができるのではないかと思うほど良い反応を得ていた。北米カスタムアイドルの可能性はレトリックとして予想することができるが、彼らにとってより魅力的な音楽やグループがあるということは明らかだった。発売されたすべての音楽をすべて聞かないと気が済まなかったり、複数の歌手を同時に好きでも熱が劣らない北米のファンドム特有の「カケモ」の文化、言語と文化の近接性を感じる米国系のメンバーと多国籍のメンバー構成に対する愛着などは、企画者側の立場からは北米市場の攻略時に綿密に検討する要素になるだろう。特に人種や性差別、その他の政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)について、北米だけが持っている鋭敏さは、いくら強調してもし過ぎる事はないだろう。何よりも韓流ドラマの人気、YouTubeの登場そしてカンナムスタイルの爆発により起こった、多分「ありえなかった」かもしれないK-POPの人気を当たり前のように思わず、積極的に近づいていく姿勢が必要である。 3日間の「KCON」への旅を終えてシアトルに帰る飛行機の中で筆者はポップミュージックの本場であり、世界の音楽市場の絶対的な中心軸である北米で着実に存在感を高めていくK-POPの未来を考え、「繊細な市場分析」と「大胆な想像力」という二つのキーワードを改めて吟味した。

 

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 文中に出てきた過去のインタビュー訳へのリンクを前後に添付してあります。

筆者のキムヨンデさんはシアトル在住の音楽ライターでメインは洋楽(欧米音楽)の方ですが、idologyのレギュラー執筆陣でもありKPOPに関する記事やインタビューも多く、定期的にKCONのレポートも上げられています。すでに数年前のKCONでの防弾少年団の人気を見て今を予見されるような事をジェフ・ベンジャミン氏インタビューで言ってたと思います。

 

 

記事の内容とはあまり関係ないですが、昔は海外在住の韓国人の事は「キョポ(僑胞)」という呼び方が多かったですが(今も一般的な会話では出て来るとおもいますが)差別的なニュアンスがあるとの話が以前から出ていて、現在は記事などではほぼ「トッポ(同胞)」という記述になりつつあるようですね。

 

KPOPの欧米でのファンの増え方やファンドムのあり方は日本でいうANIMEやMANGA、あるいはGAMEなどの2次元コンテンツと似たような方向なのかな?と思わなくもないです。パネリングやディベート好きだったり、お金の掛け方に関するコメントがコミケやオタコン・アニメエキスポ等に参加するオタクのものと大体同じというか...笑 3次元コンテンツの方が人種的に客層に相違が出やすかったり、生きている分2次元よりも直接触れにくかったり変化や浮き沈みが起きやすいというのがちょっと違いますが、直面しがちなあるあるや問題は似ている気がします。特に文化の違う海外では「オタク現場でしかわからない事」と「オタク現場にいるとバイアスでわからなくなる事」というのもあるでしょうが。

 

しかしKCON来場者の人種割合って、どういう統計の取り方してるんだろう?そこが気になって仕方なかったです。漠然と見た感じ観客の非白人種の割合が多いというのははっきりわかりますが、アメリカ国外から来るパターンもあるし、一見白人に見えるようでも実は違ったりとかいう場合も少なくないんじゃなかろうかとも思うんですが...チケット買うときにアンケート的に記載したりするのか、チケット購入時のクレジットカードの情報とかなのかな...?