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サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ize訳】アイドルが超能力を使うとき

【ize訳】アイドルが超能力を使うとき

 

2017.05.17

 

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017051622557244325

 

EXOは、アイドルグループにファンタジーを加味することで何ができるのかと言うことをはっきりと見せてくれた。 メンバーたちがそれぞれ違う超能力を持っているという設定は、TWICEが似たような事を活用したように、メンバーそれぞれにキャラクターを付与することができる。 このキャラクターたちが集まって形作られるストーリーは、一つの世界観となってステージに活用できる可能性がある。 キャラクター、ストーリー、さらに世界観が作られ、ファンたちはコンテンツがまだ明らかにしないことを想像しながらそのグループにのめり込む。 EXOはデビュー当時からファンが世界観を解釈しようとし、SEVENTEENの今回の個人ティーザー映像もファンが多様な解釈を出した。 しかし、ファンタジー的な要素でより重要なことは、その内容自体よりもそれを通じて明らかになるグループのアイデンティティだ。 正確には、それをきちんと見せる事ができるグループだけがファンタジーを描くことに意味を見いだすことができる。 EXOのキャラクター設定は、それぞれ別々に魅力的なルックスのメンバーたちに本当に漫画や映画の主人公と同じような性格を与えた。 TWICEは「TT」ミュージックビデオのようにメンバーたちが童話の中に出てきそうなキャラクターを演技しても、「Signal」のように超能力少女になっても、男子に愛おしく見られたい女子というキャラクターを強調する。 「Signal」の個人の写真ティーザーでツゥイがこぶしで机を壊す力を持ちながらもカメラに向かって可愛いらしく笑う姿は、このコンセプトの意図を示している。 超能力がメンバー個々人の特性とどのようにかみ合っているかを見せられていないという惜しい部分はあるが、超能力というコンセプトを通じてグループの性格を見せてくれている。

 

SEVENTEENは超現実的な設定がグループの根本的なアイデンティティを見せてくれる装置となる。 チーム名である17とメンバー数の13はいずれも素数、セブンティーンのアルバム名は「All」と「Alone」のどちらにも読める「Al1(one)」だ。 ティーザーの内容は素数のように一人で存在するメンバーそれぞれが、映像の最後で他のメンバーと連結される余地を残している。 SEVENTEENの所属会社プレディスエンターテインメント(以下、プレディス)は「映像の意味に対する具体的な解釈は、ファンの領域」とし、「ただ、SEVENTEENの根本のメンバー達の強いケミストリーをチームの発展にふさわしいスタイルで見せたかった」と明らかにした。 プレディスによると、アルバムのタイトル曲は、映像ティーザーの雰囲気を引き継いで「『Alone』が『All』になる前」の少年が体験する感情のストーリーであり、映像ティーザーはこのような感情の雰囲気を事前に提示する装置であるということだ。また、今度の映像ティーザーの設定は次のアルバムにも続く予定だと明らかにした。 このグループの重要なアイデンティティであるケミストリーが、ファンタジー的な設定を通じてグループのコンテンツの中に入って来て、それがアルバムの雰囲気を説明する装置としても活用される。 ファンタジー的なコンセプトがグループのアイデンティティを作りだしてくれるのではない。 グループのアイデンティティによく合うファンタジーを探して整えるのだ。

 

EXOとともに、コンテンツを通じて仮想のキャラクターとストーリーを作る事において最も成功したボーイズグループが防弾少年団という点は、意味深長だ。 「学校3部作」と「花様年華」につながる彼らのストーリーには超能力やヴァンパイアは登場しない。 しかし、彼らがアルバムと各種映像、またはファンミーティングやコンサートを通じて伝達するコンテンツは、反抗すらできないほど苦しめられてきた少年たちの挫折と彼らの絆を一貫して伝達する。 この過程を通じて、最初からファンタジーの中の主人公ではなく教室の後方にいるひねくれた子供たちとして出発した防弾少年団は、そのアイデンティティを維持しながら空間的には学校の外へ、時間的には少年から青年になる直前の瞬間までに世界観を拡張することができた。 芸能事務所がアイドルを通じて本当に作らなければならないファンタジーは、このようなものかもしれない。 Mnet「プロデュース101」のようにファンタジーの正反対側にあるアイドルが消費される状況なら、なおさらだ。 「プロデュース101」で特定の出演者を支持するファン達は、放送内容だけでなくTVの外でも彼らを追いかけ、実際の私生活と人間性までを理解しようとすることもある。 その過程でファンはそれを有利に解釈しようとし、アンチは彼らの人気を落とすための言葉尻を探している。 これらはファンが出演者の現実を踏まえて自ら作り出した幻想もしくは妄想、または悪夢と言える。 それなら、アイドルの所属会社が作ることのできるそれ以上のファンタジーとは何なのか。 それがまさに今芸能事務所がMnet、またはファンに対して持つ事ができる競争上の優位性だろう。


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コンセプトにおける「ファンタジーVSリアリティ」という事でしょうか。
練習生達の現実がわりと剥き出しのプデュ2(まだ実際には素人ゆえに、番組に出ない部分の個人情報もファン活の名目でネット上で流されまくりという点で)、主に消費できるコンテンツが「生身の練習生の姿そのもの」だしそれしかないのでそうなるのが必然ではあるんでしょうけど、これに「プロの」芸能事務所がどういう形で対抗していくのかという。

 

アイドルのコンセプト上の「リアリティ」も結局はファンタジーにすぎないわけですが、コンセプト自体に実際のメンバー達の姿を重ね合わせて世界観を(勝手に)増幅させる装置でもある「ファンの妄想力」を最大限に爆発させる事が出来たグループが、現状では防弾少年団という事なのかもしれません。「傷つきもがきながらも青春を生きる」というコンセプトは、ちょっとした挫折やアンチから受ける攻撃すらも世界観の一部に取り込む事が出来る、10代〜20代前半においては最強の装置のように見えます。デビュー前後からリアリティや親しみやすさを全面には出してこなかったEXOみたいにファンタジー方面に振り切るのも素晴らしい作り込みなのですが、いざ現実のグループが問題に直面した時に「セットの裏側が見えてしまった」感じがグループのアイデンティティを揺るがしかねないというのもあるかも。

 

とはいえ、リアリティをファンタジーに昇華させる場合は徐々にうまく成長させていかないとコアのファン層の世代や趣向が若干狭くなる感じはありますし(コンセプトがどうしても似たような感じにはなるので)結局コンセプトに頼りすぎないというのが大事なのかなあと思いました。