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サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ize訳】Hyukohが素晴らしいアルバムをリリースした

【ize訳】Hyukohが素晴らしいアルバムをリリースした

 

2017.04.26

 

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017042520377219732

 

Hyukohの正規アルバム「23」がこれほど話題になるとは思わなかった。最後のEP「22」は2年前で、MBC「無限に挑戦」の歌謡祭出演もその直後だ。その2年の間にOSTやオヒョク個人のリリースはあったが、バンドが大衆的な反応を受け続けるとか、新たな音楽に対する渇きを洗い流してくれるほどではなかった。 とはいえ、「23」でのHyukohは2つのうちの何も明らかに意図していない。しかし自分の音楽とストーリーを選抜し、悩みつつトリミングした。誰もが言うように「青春」がアルバム全体を貫くが、一方的な応援や慰めや苦情や怒りには流れない。リスナーはそれぞれ、その中に自分の青春とストーリーを見つけるだろう。

 

Hyukohは自ら「大衆性を意図したが、失敗」したとか、「まだそれが何なのかよく分からない」と語っていた。しかし、意図の痕跡は「TOMBOY」に残った。この曲は最も直接的に青春を呼称するが、大衆の記憶と感情の中ではtvN「応答せよ1988」でオヒョクが歌った「少女」を思い起こさせる。しかし、結果は依然としてHyukohだ。 「若い僕たち」で始まるクライマックスは、その前に「火がついたらすぐに燃え上がってはだめだから 僕たちは愛を応援する」を置いて、「年輪はよく見えず まばゆい光に目が眩んでいく」につながる。その意味はあいまいなように見えるが、それは歌詞を書く過程で特定のコンテクストが消えたり、省略されているからである。代わりに歌の形に似合う、自分の感情を込めた言語だけが欠片のように残る。人は微細に描かれた状況だけで感動を得るわけではない。芸術は美談が掲載されたカード式のニュースではない。各自が自分だけの「愛」と「年輪」、「まばゆい光」を想起し感動を得るのは、オヒョクもまた自分の青春に集中しているからである。要するに今の世代が自分だけの「過ぎ去ったことは過ぎ去ったとおりに、そのまま意味がある事」を得たのだ。このアルバムを紹介する表現でもある「賛歌」という退屈な表現は時折正しい。

 

TOMBOY」を除いたほとんどのトラックは、そのスタイルや好みがはるかに直接的だ。これを指してロックバンドとしてのアイデンティティを表わしたとか、大衆性と距離を置く選択とすることもできる。ただし、バンドあるいは広い意味でのロック音楽が絶滅しているに近い国内大衆音楽の状況だけを考慮すると、そうだろう。しかし、「23」は、広々とした地形から見たときにより興味深い。このアルバムは、Japanese Breakfast、ジェイソム、リトル・ドラゴンのようなアーティストが「東洋で徐々に成長した西洋音楽を再度西欧圏に紹介」するような動きと方向を共にする。これらは言語、メロディー、アレンジなどいくつかの部分で「アジア」というアイデンティティを密かに露出しているが、根本的には英米のインディーロックと呼ばれるテイストを共有する。その結果、全体的に精通している枠の中に異質な要素が込められており、新しい音楽として注目される。

 

これは、デジタル音源からYouTubeまで音楽消費のプラットフォームの変化が時間的、地理的な音楽の好みの区分を無意味なものとした結果の一つだ。 1970年代末以降のポストパンクが現在のインディーロックに及ぼす圧倒的な影響は、今や英米圏でのみ限定されるものではない。今は名前は知っているが聞くことができない伝説のアルバムというものはない。むしろそこにアーティストが親から受けた影響、あるいは本人が経験した地域のカラーを加えて、新しいインディーロックを作り出す時代だ。バンドのようなメンバー構成を必要としないヒップホップで行われてきたことでもある。

 

去る24日、Hyukohのアルバム発売音感会議の記者懇談会で、彼らが中国語を含めて3つの言語で歌詞を書いたことについて「音楽が異国的」という質問を受けた。これに対してHyukohは「僕たちはYouTube世代だ。行ったことがなくてもその文化を知ることができる」と答えた。これは「23」がどのようなアルバムなのかを明らかにする最も重要な答えだろう。 同時に「23」が海外の音楽に比べて遜色がないとか、グローバル感覚にも劣らないという古い表現が不必要な理由でもある。 それよりも私たちは、過去数日間の状況を次のように書くことができる。 「韓国出身のインディーロックバンドが素晴らしいアルバムを作ったし、良い反応を得ている。」

 

文 ソソンドク(音楽評論家)


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Japanese Breakfast
Japanese Breakfast - In Heaven (OFFICIAL VIDEO) - YouTube

Jay som
Jay Som Everybody Works [FULL ALBUM STREAM] - YouTube

Little Dragon
Little Dragon - Mirror - YouTube

 

今回の「23」アルバムは韓国語・英語(Burning youth・Jesus lived in a motel room・Simon)・中国語(Wanli 万里)の3ヶ国語で書かれていますが、オヒョクは中国の帰国子女なんですよね。
Hyukohの「23」の少し前にオヒョクも参加したIUの「Pallet」がリリースされまして、その時に思ったのがTwitterでも少しつぶやきましたがオヒョクもIUも同じ93lineで年齢をそのまま曲やアルバムのタイトルにしている(IUは数え年でHyukohは満年齢ですが)というのが、イコール等身大の彼ら自身がコンセプトだからかな、という事でした。だからこそ同世代だけでなく、その年齢を通ってきた大人も共感できる部分があるのかもなあと。

 

「Win-Ing Win-Ing」が人気が出た時に歌詞に「5放世代」と言われる自分達を重ねた若者が多かったそうですが、今ちょうど頂点で人気があるアイドルであるEXOや防弾少年団も概ねHyukohと同世代なわけで、「セルフプロデュース」が増えている今日この頃のアイドルが作品として若い同世代に向けて成長を見せながらも何かリアルなメッセージを込めたい時にこれらの同世代のアーティスト(IUは一応アイドルですし)ヒントになる部分もあるのかなと少し思いました。彼らがタイトルに年齢をつけているように、年が増えたり売れてお金を稼ぐようになれば彼ら自身はもちろん彼らを取り巻く状況も変わっていきますし、そもそもの出自に何かタフなこと(わかりやすい事だと実家が貧乏だったとか)が特にない場合、今現在お金を稼げている身分で歌って果たして「リアリティ」がある内容なのかどうかとか。今その時の彼らの状況の「リアル」が本当に反映されているのか?「大人から見た若者像」に陥っていないか?というのは、なまじクリエイティビティの部分にアイドル本人が関わる事が多くなった時代において事務所の大人がよくよく気をつけた方がいい点なのかもしれないなと思いました。