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サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ファーストメディア訳】アイドル話① プロローグ:なぜよりによって「アイドル専門記者」になったのか

【ファーストメディア訳】アイドル話① プロローグ:なぜよりによって「アイドル専門記者」になったのか

 

2017.3.22 バクヒア


アイドル話
韓国にはすでに数百人にのぼるアイドルがいる。 全体人口数に比べるといくらもない数字だが、社会的に彼らが占める割合は様々な面で少なくない状況だ。そして大多数の人々は気楽に軽い気持ちで彼らを消費するが、見えない裏には気を使っている色々な話が見え隠れしている。 そこでアイドルたちが成功の軌道に進入するためどのような熾烈な努力を傾けていて、その過程でいかなる心理的苦痛を経験しているのか、また、どのような悩みがあるのかなど、関係者らの言葉と素朴な経験を借りて何度か記録を残してみようと思う。


http://www.thefirstmedia.net/ko/?p=32752

 

しばしば人々が私に聞きます。
「なぜ芸能記者になったの?」
(何故他人は何も言わなくても私がドラマ関係の担当だと思うのだろう)
ありがたいことにすぐに立場を変えて不憫に思って下さる方たちもいますが、実はこの質問は私の履歴を知る人なら一度は必ず投げてくる質問です。

私は元々社会部見習い記者でした。 2年ほどいわゆる「言論考試」と呼ばれる不安な生活をし、25歳で初めて職場に入りました。 そこで約5ヵ月間、見習い記者生活だけをしてやめてまたソウルに帰ってきました。

警察署、病院の救急室、消防署、葬儀場、そして数十年ぶりに襲った暴雨が吹き荒れていった廃墟の痕跡、デモ隊が支えている会社周辺の路地、祭りの行列、先輩が買ってくれたジャージャー麺とテナガダコの炒めもの、お酒が抜けないままで出た朝の散歩、3坪ほどだった自炊部屋。このようなものがその短い時代、それさえも小さく、残った断片です。

そんな風だった私がいきなり芸能部記者になった理由といえば、実際は「急いでいたから」でした。 死にそうと思いながらも手放せなかった「言論高試」の経歴を終わりにしながらも、何をそんなに急いでいたのか、当時は良くわかりませんでした。 しかし、今なら明快に答えることができます。 音楽に関する文章を書きたかったのです。 しかし音楽雑誌は廃刊し、大衆歌謡の話ができる所がオンライン媒体しかないんですよ。 それで志願しました。 面白いのは、会社内にいるときよりフリーランス生活をしている最近の方が音楽関連の文章をよりたくさん書いているという点ですが。


さて、もう2つ目の質問が飛んで来ます。
「ところでどうしてアイドルなんです?」
実は最初の質問から、この質問まで来る確率は半分程度しかないのです。 理由が知りたくて多方面的に少し考えてみました。 質問をする時に意図的であろうとそうでなかろうと、大体ふたつくらいに分かれました。
1)アイドルに関心がなかったり、嫌っている。
2)私が当然「追っかけ=熱烈なファン」だと思っている。
1)番の場合は「俳優の△△△ね、本当にそうなの?」という質問をしてくる場合がしばしばあります。 それで、私は定型化された対処をします。
「私は俳優担当ではないので、よく知らないです」


続いて(控えめに言って)気難しい方たちは
「君、若い男の子が好きなんだろう?」
ときいてくるとか、
「その子たちは全て作られた子たちじゃないか。それを取材だと気取って言う理由は何なんだ?」
と批判的な態度を示します。 前者の場合は一度でも答える価値がない質問でもあるけど、返事はしなければならないので、何とか言葉はつくろいます。

ただ、相手の性別、年齢、職業ごとに対処法が違うので、その辺りは考慮します。 そして後者には普段こんな風に返事します。
「あなたも会社に言われた通りに仕事をこなすでしょう?」
深さと考察なんかない答えじゃないかですって? その通りです。相手の質問と私の答えの中に含まれている数多くの意味についての説明を並べると、この紙面を全部使ってもたりないので、その機会はまた別の時に。

問題は2)の(私が当然「追っかけ」だと思っている)事例です。 生物学的に女性という性別で仕事をするアイドル専門記者が当然「追っかけ」だろうという推測。奇怪な嫌悪現象の一つである「追っかけ嫌悪」を思い浮かべれば、このような偏見が理解できなくはありませんが、たまにあの方々は記者も「職業」であるという事実を見過ごしているようです。

すべての人が「好きなこと」を職業に選ぶことはないでしょう。 概ね「上手なこと」を選んだり、ある瞬間に運が良くて合格した職場に入ったり。 さもなければ入りたい会社の福利厚生が気に入ったとか、定時退勤が当然視される環境が最高だと思ったり。 このようにすごくさまざまな事例が混在しているため、性急な一般化はやはり不便です。

時々私が書いた記事やコラム、批評に褒め言葉が全部入っていれば「この記者あの子のファンじゃない?」との声が降り注ぎますが...もう一度言いますが、これは「職業」です。 私も人間なので愛情があるグループのコンテンツをより注意深く見て聞くことはあっても、その愛情のベースには彼らが見せてくれる音楽とパフォーマンスに対する関心が敷かれています。 そして「素晴らしい」ないしは「意味がある」と評価できる要素があるという前提がいつも共にあります。

少なくとも、私はそうです。 記者として迫ってみてもいいと考える部分を何度も悩んで、最大限体系的に整理して伝達だけします。 該当グループが持つ魅力や文化的価値に対する最終的判断は、記事や批評を読む読者の皆さんが下せばいいのです。

私が芸能部生活をしながら本格的に「アイドル専門記者」を選んだ理由がもう一つあります。 音楽とコンセプトが持つ特別な要素を越えた、最も重要な理由です。

 

人の話をしたくて社会部記者になることを夢見ていましたが、これがなんというか。芸能部で過ごした3年という時間の間、より多く「人」について悩むようになったみたいです。より正確に言えば、「夢を見る人間」についてです。アイドルがまさにその地点に置かれた人々なのです。とても青く、鮮やかなオーラが回る特有のエネルギーを持った 「夢を見る人間」たち。

 

社会部見習い記者時代には、主に「怒れる人間」たちが、既存のシステムをどれだけ変えることができるかという事に対して毎日叫んでいました。ところが、ここでは正反対の温度を持った「夢」と「努力」という言葉に毎日のように直面します。非常に平凡ながらも形而上学的な言葉。ある瞬間、自分がとても緩い人間になったのではないかと警戒するようになるほど暖かい言葉、そしてその言葉を吐き出す何組もの目が輝くのを見ると、これまでよりも多くのことを考えさせられます。ご存知のように芸能界の浮き沈みというのは、愕然とするほど一瞬の繰り返しですから。

にもかかわらず、依然として彼らは生きています。 就職準備をしながら自分も含めて非常に切実な彼らをよく見てきましたが、「夢」という単語を置いてこのように純粋に、時には素朴にアプローチする人々は珍しいのです。


私は先輩記者たちよりキャリアもかなり少なく、当然比較にもならないほど少ない回数しかアイドルと対面していません。 それでもあえてこのような話を打ち明けること自体が誰かにとってはおかしく思えることもあるでしょう。 しかし、その未熟さと微々たるキャリアのおかげで私はこの連載を始めることができるようになりました。 まだ私には「夢」という単語を自信ありげに吐き出す彼らが、そんなにたわいない人間のようには見えないんです。

先輩たちはしばしばこう話します。
「後々には誰が誰なのかわからなくなるかもしれない」
幸い、まだ私は会った彼らのうち「誰が誰なのかわからない」域には達していないようです。 ありがたくも、彼らをもっと詳しく観察できる豊かな時間が与えられ、おかげで「アイドル」ではなく「アイドル産業」を掘り下げ、彼らと周辺の人たちの人生の中に様々な裏面が存在するということを知っていっています。 そうやって観察した世界の裏面を10回にわたってひとつずつ解いて行くつもりです。 予告しますと、ひとつも刺激的ではないでしょう。 面白くなかったらどうしましょう。


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言論(メディア)考試=競争率が高く突破するのが難しい試験を「考試」と呼ぶが、倍率数百倍とも言われている言論(マスメディア)業界に入るための試験は「言論(メディア)考試」と呼ばれている。


IDOLMAKERシリーズのインタビュアーであり著者だったバクヒアさんがアイドル業界の裏話を綴る「アイドル話」シリーズですが、現在4話まで連載中のものですので、随時訳せた時に更新する形にしようと思っています。
(自分が一気に読みたいタイプなのでシリーズものは全部訳してから一気掲載したいんですが、全10回という事で先が長そうなので)