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サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ize訳】スジのソロ vs ソヒョンのソロ


【ize訳】スジのソロ vs ソヒョンのソロ
2017.01.31

 

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2017012912037237959&pDepth1=i2301

 

長い経歴のアイドルグループ出身だが、ソロ活動は初めてだ。 そして、これまで見せてくれたイメージとは異なる方向をそれなりに模索した。 同じ時期に発表されたスジとソヒョンのソロについて、ファンヒョジン記者と音楽評論家ソソンドクがそれぞれ話した。

 

「Yes No Maybe」、スジの「美しさ」だけが残った

 

「Yes No Maybe」のミュージックビデオは、あからさまにリファレンスを示している。 全体的に赤い色が際立つトーン、揺れる画面、香港の街など実際に香港オールロケにより撮影された映像は映画「恋する惑星」や「花様年華」「天使の涙」などの作品を想起させる。 映画を詳しく知らなくても、簡単に把握できるほどだ。 この中でスジはこれまで見せた姿とは少し異なる顔を延期する。 薄いスリップワンピース一枚だけを纏ったまま香港の夜の街をふらつきながら歩いて、呆然とした表情で濃い色の口紅をやたらに塗りつけながら、ベッドの上で恋人と時間を過ごしたりもする。 さらに、最後の場面ではスジが自分から去った恋人と彼のそばにいる誰かを殺したという事実が暗示される。 適度にに清純で適度にセクシーで、でも危うくて危険そうなイメージ。 要約すれば、「Yes No Maybe」のミュージックビデオはスジの裏の面を紹介するために企画されたものだ。

 

スジはいつも晴ればれと明るくて優しい女の子だった。 彼女が所属しているmissAはデビューの頃から挑発的で侮れない女性を謳っていたが、ステージでのスジとスクリーンでのスジは同じ一つの文脈に移されなかった。 VITA500等の広告や映画「建築学概論」などを経て彼女が獲得したキャラクターは、ビタミンのような少女、あるいは「国民の初恋」だった。 しかし繰り返されるイメージには限界があり、これ以上そこに滞在できない状況で少し他のコンセプトである「Yes No Maybe」は妥当な選択のようにも見える。 問題は本当にこれがスジに新たなキャラクターを付与しているのかどうかだ。 ミュージック・ビデオのリファレンスも直観的だが既に時期外れのもので、はるかに破格的に演出することができたであろう設定に退屈に蓋をする。 「声を聞けば明らかにわたしの心がまた揺れてしまう」、「二度とあなたに会わないと決めたのに またあなたに向かっている」など、離れた恋人に揺れる女性のストーリーもまた、2017年の今は古臭く聞こえざるを得ないが、ミュージックビデオで消極的に試みた「逸脱」を反故にしている。 最初から最後まで苦しそうな呼吸の歌、セクシーな雰囲気を漂わせつつもやり過ぎではない振付を、missAのメンバーとしてではなくひとりでも十分消化したのは確かにスジの力である。 ただしこれらの長所も、何一つ目立たないコンテンツの中でそれなりにうまくやり遂げたという程度で埋もれてしまっている。

 

結局、残るのはスジのビジュアルだけだ。 「Yes No Maybe」のティーザーがインスタグラムサイズの短いクリップで作られたように、振り付け映像でもミュージックビデオでも唯一スジの「美しさ」だけが切りはなされて後々まで見たいほどの強い印象を残す。 初恋の少女のようにこんなにも美しかったスジが、あんなことをしても美しいという証明。少なくともスターの魅力を削って食ってしまっていないのはコンテンツとして重要な役割だが、だからといって皆がすでに知っていたスジの美しさをただ損ねない範囲内でとどまった「Yes No Maybe」を成功だと評価できるかは疑問だ。 それは何枚かのファッショングラビアでも可能なことだからだ。 そして、この活動が成功的な企画であったか否かは、俳優としてまたは歌手としてスジの後の行動と成果を通じてさらに確実に判断できるだろう。

 

ファンヒョジン

 


「Don't Say No」、ソヒョンが選択したソヒョン

 

ソヒョンはソロアルバム「Don't Say No」発売後、しばしば自分自身を「新人ソロ歌手」と表現した。 行き過ぎた謙遜の表現かもしれない。 彼が所属している少女時代は今年10周年を迎え、生きる伝説に近い立ち位置になっている。 しかし、MBC[夜]「覆面歌王」でソヒョンは個人技でワンダーガールズの「Tell Me」とドラマ「X-Files」のモノマネ演技を披露しながら自分の実際の声を長く露出し、1ラウンドではプロとアマチュアの違いを明確に表わして2ラウンドを経て、普通の出演者とは全く違うレベルの歌や舞台マナー、振り付け消化力を見せてくれた。 しかし、キムソンジュが一人でやきもきする姿が面白いほど判定団の誰も彼女だと予想しなかった。 理由は二つのことだ。 まず、誰も「少女時代のソヒョン」が「覆面歌王」に出演すると簡単に期待していなかったこと。 そしてもう一つは、人々は思ったよりもソヒョンの声をよく知らなかったということだ。

 

彼女が少女時代のメンバーとしてうたう曲では彼女は曲中で最も多く登場する声に属するが、それをソヒョン個人として認識できることはあまりない。 さらに、テティソの三人のうちひとりだが、すでに大衆的に刻みこまれたテヨンやティファニーに比べ、ソヒョンの声を別途で言及することは多くない。 要するに、ソヒョンの歌は「少女時代の声」だったのだ。 ソヒョンであることを知って聞く「覆面歌王」ステージはその証明だ。 人々は少女時代のヒット曲で聞いたその唱法を、声と顔を隠して歌う完全に他のアーティストの歌を通じて再確認する経験をした。 彼女が自分を「新人」と表現する時、ただ謙遜したり「初心」を表現すること以上の複雑さが盛り込まれる理由だ。

 

その複雑さは「Don't Say No」を作った過程と結果にそのまま投影されている。 彼女が様々なチャンネルを通じて明らかにしたように、最初ソロプロジェクトを開始した時に所属事務所は少女風、正確には「末っ子風」のタイトル曲を推薦した。 大衆が認知している「少女時代のメンバー」に似合う歌、「正しい生活の少女」という公式に近いイメージを反映した意見だろう。 しかし、ソヒョンは固定的なイメージに滞在したり、逆に急激でぎこちない成人式を行うことよりもよい選択をした。 少女時代の中で十分な実験を経たR&B、ポップスで自分の話をすることを。 SMエンターテインメントはこの分野で独歩的な資源と力量を投入できる会社であり、実際に最近一時よりもスムーズな結果を出している。 ビジュアル面でも戦略は類似している。 復古コードでセクシーなイメージを中和したりしながら、ひそかに破格的なビジュアルを挿入する余裕を得る方式はすでに「Mr.Mr.」で追求したものだ。 自ら歌詞を書いて1人で歌全体を消化するというのは、単純な資本の問題ではない。ソヒョンは過去10年間で少女時代として成長し共有したが、「末っ子」のイメージには及ばなかった成人アーティストとしての地位を一気に捕まえた。

 

ゆえに「Don't Say No」は、アイドルが自分のアイデンティティを見つける過程に対する特異な例示の一つとして残るだろう。 普通は自らが創作者の位置に上がって「脱アイドル」を狙うというのが最もありふれたものでありつつも、明確な方法だ。 またはジョンヒョンの例のようにシステム自体を十分に活用する方法を探す賢い方法もありうる。 ところが、ソヒョンは自分に向けたディレクティングを自ら変えてしまった。 その結果、ソヒョンを眺めるスタイルは完全に変わった。 今どのようなアイドルが自らそれをやり遂げられるだろうか。

 

ソソンドク(音楽評論家)

 

文|ファンヒョジン、ソソンドク


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過去の記事も合わせて読むとファンヒョジンさんは明らかにフェミ寄りのライターさんのように感じるのですが、その視点から見るとmissAがあんな感じだった分スジの曲のMVに対する評価はそうなりますよねという感じです。そもそも今のスジファン層を考えると、少し年代が上の男性も多そう(まさに「建築学概論」で己の大学時代を懐かしむような...)だと思うので、そういう層はそんなに逸脱したものは好まなさそうというか。YES NO MAYBEの歌詞もそこはかとなく不倫の香りがしなくもない。個人的にはmissAとドリームハイがかなり好きだったので今のスジはそんなに興味がもてないんですが、建築学以降のスジのおかげでJYPが助かったことを考えると複雑な気持ちです。スジのアルバム、実際売れてますしね。

一方のソヒョンは逆に自分の意志をガツンと出してきた感じが面白いです。ソシのファンは男性が多いイメージですがMAMAの投票割合などを見ると女性も結構多いですし(日本でも女性ファン多いし)最近のSMのガールズグループはどちらかというとガールクラッシュを意識している感じなので、この選択を許したのもなんとなく納得しました。

 

ところでスジのMVのイメージソースと思われる「恋する惑星」「花様年華」「天使の涙」いずれもウォン・カーウァイ監督映画ですね。ウォン・カーウァイ風というか撮影担当だったクリストファー・ドイル風の意匠はここ1・2年のKPOPのビジュアルイメージに頻繁に見られるように思います。防弾少年団はそのままアルバムタイトルとして作品名を拝借していますし、TWICEのMVのジョンヨンパートなどちょっと思い出しただけでもいくつか出てくる程度には流行っているのでしょうか。
一方でソヒョンソロだけでなく最近のSMのパキッとしたレトロな色彩は90年代〜2000年代初頭のTrattoria Recordsのジャケットデザインみたいで、ひょっとしたらまさにその時代に日本でイケてるとされていたテイストが今韓国で流行ってるのかなと。
おしゃれ雑誌の紙面デザインなどもグラビアに文字をほとんど入れず、フラットな写真(切り抜いたりしないで余白多めにとった四角い写真そのままとか)を主役にしてるのが多いのも、当時の日本のおしゃれ雑誌でよく見られたレイアウトみたいです。ざっくり言うと「海外の雑誌っぽい」というか...本当にざっくりだな。

同じ時代の韓国はまたテイストが違うので(まだ日本の文化が全部は解放されてなかったのもあるのかも)、今まさに日本の90sリバイバルを何故か韓国で感じます。
(日本でも80sが終わって90sリバイバル来てるっぽいですが、記憶が曖昧な時代の話なので正直境目がよくわかりません)