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サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ize訳】2016年のアイドルファンドム│①「花の道だけ歩こう」は、何を排除するのか


【ize訳】2016年のアイドルファンドム│①「花の道だけ歩こう」は、何を排除するのか

2016.12.13

 

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2016121210277283952

 

12月3日、SHINeeのファンL氏は、SHINeeのメンバー・ジョンヒョンのソロコンサートを鑑賞した後ツイッターに書き込みを残した。 ジョンヒョンが一人の男性の観客に向かって投げた「尊重はしますけど、しかし、僕はそちらではないです」という冗談がセクシャルマイノリティに対して嫌悪的だったということと、インド風の扮装をしたジョンヒョンがコミカルな踊りを踊る様子が撮られたVCRが異文化を戯画化したように見えたという内容だった。 インドのファンを含む多くのファンが後者について抗議する書き込みを掲載し、前者の件については比較的早期に問題を提起したL氏のツイートが広くリツイート(共有)され、知られるようになった。 この批判について知ることになったジョンヒョンは、同日の夜ツイッターに、特定文化をからかうする意図はなかったが後悔して反省し、該当シーンは削除してほかの場面に入れ替えると明らかにした。 セクシャルマイノリティに対する表現と関連してもコンサートでの発言を含め、過去の自分の無知さのために間違いがあったと謝罪した。

 

しかし、ジョンヒョンが「間違いを正してこれからは慎重にする」と述べた後も、状況は終わることはなかった。 この日の夜、ツイッターといくつかのオンラインのファンコミュニティではL氏に対する非難をはじめ、L氏の他のSNSアカウントなど個人情報を知ることができる書き込みが掲載された。 翌日にもコンサート会場を訪れたLさんは、自分を調べた2人のファンから「どの面下げてここに来たの?」などの言葉の暴力を受けた、とツイッターに書いた。 すると、L氏にコンサートのチケット認証など被害の事実を証明することを要求するファンが現れた。 L氏が断ると「席を探す」「マクコンチケット認証」アカウントが作られた。 ファンが自分のチケットを写真に撮ってあげ、「私の座席近くではL氏が主張したようなことは見なかった」と証言することで、エリアを消去していく方式だった。 チケットだけでなくCCTV(監視カメラ)映像も必要だという主張が登場しており、セウォル号の惨事を比喩に持ち出すような極端な嘲笑や罵倒など、L氏に向かったサイバーブルリン(cyber bully)=ネットいじめ(オンラインで特定の個人を人を集団的で仲間はずれにしたり、執拗にいじめる行為)はますます執拗になった。 「証拠もなしにコメントを残したことはシャイニワールド(SHINeeの公式ファンクラブ名であり、SHINeeのファンドムをひっくるめた呼称)に対する暴力だ」という主張も登場した。

 

独立した自我を持ったファン「たち」の集合であるファンドムが一つに統合された「ワールド」を目指す。 それがファンドムの主流の雰囲気を形成して、これに逆らう声を抑圧する。 これはSHINeeのファンドムだけの問題ではなく、2016年のアイドル、特にボーイズグループのファンドム全般が現在位置する場所だ。 多くのファンドムがSNS上で「否定的な内容はサーチ防止(アイドルが自分の名前を検索した時にひっかからないように名前を変えて表記すること)」、「アイドルに直接メンションを送って批判的なフィードバックしない」など暗黙的なルールを決めておいて、それを守るように要求する。 アルバムなどのコンテンツについて批判的意見を明らかにすることも、ストリーミング認証をしなかったり、2グループ以上のアイドルが好きだと明言することも不特定多数から批判を買いかねない行動だ。 一方、昨年の「森の泉問題」を皮切りに、大衆文化領域における女性嫌悪批判をはじめ、人種やセクシャルマイノリティ問題など政治的な正しさに対する要求は次第に繊細になってきた。 そして、ファンドムの一部で自分が好きなアイドルにも政治的な正しさを要求するというこの1年余りの流れは、このような既存のルールと絶えず衝突してきた。 この5月、ツイッターの「防弾少年団女性嫌悪公論化」アカウントは、ラップモンスターが2015年に発表したミックステープ収録曲の歌詞と2013年のSUGAの暴力的な冗談が盛り込まれたツイートを批判してフィードバックを要求した。 所属会社であるBIG HITエンターテインメントは公式の謝罪文を発表したが、ファンドム内では「公論化」を主導した少数のファンに対する激しい反発が起きた。

 

L氏の事例は、このようなファンドムの閉鎖的なルールが倫理的判断が必要な社会的問題とぶつかった時に起こった極端な事件だ。 ジョンヒョンがそうであったように、アイドルの過ちは当事者と所属会社が認知して反省する場合、確かにもっと良い方向に進むことができる。 しかし、多くの場合それを認知させるような状況を作った人に対しては、ファン認証や自筆の謝罪文、周辺の人たちを含めた過去の検証にまで及ぶ悪循環が発生する。 この11月に防弾少年団のVがサイン会で女性ファンの長い髪を握って振り回した映像で批判を受け、これをツイッターにコピーした他のアイドルのファンが猛烈な非難を受けた末に「私が属しているファンドムと関係がないことにもかかわらず、ファンドムの戦いを起こしかねない軽率な発言や文章を掲載してしまいました」という長文の謝罪文を掲載したのと同じような展開は珍しくない。 L氏が自分の被害事実をおおやけにした後に作られた「#ファンドム内_サイバーブルリン_アウト」ハッシュタグはこのようなアイドルファンドム全般の弊害を知らせて根絶しなければならないという声を盛りこんでいるが、L氏を攻撃している側ではL氏の被害の事実と無関係な過去ツイートやL氏を支持するユーザーの一部の発言を収集し、これらをSHINeeに対する「性犯罪者」と指摘するハッシュタグに結びつけることで論点を濁した。 しかし、ファンフィクションや「憑依文」(なりきり)を含めて実際の人物に性的な妄想を投影するRPS(Real person slash)はファンダムの長年の、そして主要な文化の一つだ。 アイドルに対する性的対象化問題について批判することは、ネットいじめ問題とは別にファンドム全般で行われなければならないほどの膨大なテーマだ。

 

このように、ファンドムの中の問題は決して単純ではない、ファンはしばしば政治的争点を自分たちが直面した問題を有利に導くための手段にする。 「私のアイドル」が批判される場合は問題を提起した人々を敵視するが、自分が嫌いなアイドルが似たような過ちをすれば批判に積極的に参加する場合も容易に目にすることができる。 音楽評論家のイミンヒが『ファンドムや追っかけや』で「ファンドムは、自分の歌手を愛し他人の歌手を嫌う経験があることによって政治を知っている。 世論を、あるいはこの世の中をどうやって説得しなければならないか、また、何をどのように排斥しなければならないのかを知っている。 混乱を予測して作る方法を知っている。 それゆえに『ファン活動は即ち政治活動』だという批判もある」と分析したように、ファンドムは自分のアイドルに対する「ロビー活動」と、自分のアイドルのライバルが「女性嫌悪歌手」であることを広く流布する行為を同時に進行したりもする。 この過程でアイドルに政治的な正しさを要求する声は、悪意を帯びた「政治活動」にだまされたりもして、逆に他で議論になるほどの事がなくても特定ファンドムを牽制することに悪用したりもする人もいる。 各自の目的がファンドム間の軋轢ともつれ合い、ファンドム内ではジェンダー、人種、社会的マイノリティに対する真っ当な意見すら否定的に受け入れる雰囲気さえ作られる。

 

第1世代アイドルの登場後、20年余りが流れる間に、アイドルファンドムの文化は年齢構成比、消費行動、活動方法などさまざまな面で変化を経験したが、その中心の情緒にはいつもアイドルに対する献身的な支持と無条件に近い愛情があった。 アイドルとそのファンたちに対する社会的視線が今よりはるかに否定的だった時期のファンドムは、外部の非難や嘲弄からアイドルを隔離して保護することを選んだし、「 까도 내가 깐다 」に要約されるこの態度を通じて自分たちもできるだけ傷つかないでいられる方式を具現化した。 この7月、全北大学新聞放送学科のカンジュンマン教授が娘のカンジウォンとともに発表した『追っかけは何を渇望するのか?』でコミュニケーション共同体であり連帯体としてのファンドムに注目し、この本が「積極的な『追っかけ擁護論』」としたのは、このようなファンダムの歴史から成立可能である。 しかし、この1年間の事例から分かるようにファンドム、特に「コアファン」と呼ばれる熱狂的な層は、好みの緩い連帯ではなく共通の目的に向かって突進する結社の形に近づいた。 ここ数年の間よく見られるようになった「私たちの○○○、花道だけを歩いていこう」というキャッチフレーズは、このようなアイドルファンドムのムードを代弁している。 「私のアイドルにはいいことだけを見せて聞かせてやる」、つまりアイドルの活動において「悪い」外部要因をすべて除去するというファンドムの意志は、アイドル市場の競争が激しくなると強化される。 ファンドムがチャート順位とアルバム販売量、受賞実績などに神経を尖らせるほど「私のアイドル」の傷に言及することで花道を妨げるものは敵と見なされる。 アイドルファンが自分たちを自嘲的に称する言葉である「アミの塩辛」感覚はこの時、「アイドルの前では皆同じアミの塩辛に過ぎないのに、なぜお前だけが偉そうにするのか」という空気を形成し、少数の声を排除する方向に作用する。

 

確かにアイドルファンドムがこれまで経験してきたメディアによる歪曲、人権侵害、労働力の搾取は確かに現存しており、改善していかなければならない点だが、さらに積極的に議論すべきはファンドム内部で行われる様々な暴力の様相だ。 物事の改善よりも静かな中止を望む、あるいは後者を選ぶしかないようにするファンドム内の抑圧的な雰囲気の中で、ますます多くのファンはアイドルに対する愛情と政治的な正しさを志向するものが共存しにくいというジレンマにぶつかっている。 ファンドムの一員としてアイドルに関する情報を共有して楽しむことを望む人は、ルールを脱した者達に対するネットいじめを経験したり、見守ったり、萎縮したりして大部分は徐々に順応するようになる。 L氏は「もともと使用していたアカウントではツイートはしない代わりに新しいアカウントを作りハッシュタグ宣言に賛同したり、『今所属しているファンドムの雰囲気からして連帯はしないが、応援する』というメッセージを送ってくれた人たちも多かった。 『暴力に反対する』というようなどう見ても当たり前の議題についても自分のアカウントで率直に意見を出せずにいるのを見ると、ファンドム独自のルールがどれほど頑丈か分かるようだ」と話した。 コミュニティ内部の規律が道徳的規範の上位に置かれ、構成員は民主社会の自律的な市民としてのアイデンティティと「真の正しいファン」として強要される役割の間で深刻な矛盾を経験する。 この過程で過度なストレスにより「タルドク(オタ卒)」、つまりファン活動を辞める人もいる。 内部の結束力が高まるほど、個人の考えを表明しにくくなる集団の閉鎖性は深刻化して拡張性は落ちる。 少なくとも誰かを好きになるために、個別事案に対する倫理的判断を消したくないのであれば...2016年ファンドムが現在がぶつかっている問題は、すでにその構成員各自が悩まなければならない問題なのだ。

 

この1年余りの間、アイドルに政治的な正しさを求める声はますます激しい反動にぶち当たり、ファンドム内の自浄の努力もほぼ挫折に至った。 しかしアイドルグループごとに、あるいは女性嫌悪や人種を卑下するなど、特定のテーマに対する'公論化'のためのSNSアカウントは現在も増えており、最近では「ファンドム内ネットいじめ被害者連合」までもが生まれた。 再三言うように、このような葛藤は特定ファンドムでのみ発生する悪習ではなく、「特定の集団」と「正しいファン」の間の戦いでもない。 ある場合には女性嫌悪に対することかもしれないし、またある場合には人種卑下の問題であるかもしれない、また他の社会的弱者に対する問題であるかもしれないし、誰かのファンやアンチではない人々も自由に立場を表明できる社会の普遍のテーマだ。 それでもこのすべての声を消して完璧にひとつに団結してアイドルに「花道」を常に歩かせたいというのなら、それは果たして可能だろうか。 もし可能だとしても、その狭くて閉鎖的で絶えずお互いを統制する世界は、誰のためのものなのか。


文| チェジウ


※森の泉問題=お笑い芸人のチャンドンミン・ユセユン・ユサンムがポッドキャスト「森の泉と夢みるラジオ」で女性蔑視発言をしたとして問題になり、最終的に謝罪会見を開いた事件。
※여혐=ミソジニー女性嫌悪


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以前より韓国内のファンドムのある種のモンペ的過激さは、時に他の国のファンから見ても理解しがたい側面がありましたが、国内でもオタク外部からはやはりこういう視線もあるのだなと思わされた記事でした。

日本のKドルペンドムはマルチファンドムの人が多いですし、ある程度の文化的かつ言語的距離があることで韓国よりは緩い連帯のように感じますが、いじめに加担したりはしないまでも本国のペンちゃん達がこう言ってるんです><だからそれが正しいと思うんです><という「とにかく本国のファン至上主義」の方々も一部存在はしていて、改めて集団の同調圧力について考えざるを得ない案件でした。
「(韓国の)アイドルファン活動は政治的である」という言葉で色々納得できるものがありましたが、日本のドルオタ文化にはライバルをこき下ろしたり引きずりおろそうとするアンチ文化があまり馴染みがないため政治的になりにくいのかなとも思いました。

 

 

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