サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【idology訳】クィアだってアイドルが好き

【idology訳】クィアだってアイドルが好き

 

http://idology.kr/4771

 

byブロック on 2015/07/02


去る6月28日、市庁前ソウル広場に行った。Seoul Queer Culture Festivalのステージイベントやブースイベント、パレードが開かれたのだ。市庁前には多くの人でいっぱいで、ブースのイベントも楽しかった。きれいなものがあまりにも多くてお金をポンポン使ってしまったりもした。いつのまにか有名になったマーク・リッパート駐韓米国大使も姿を現し、ホン・ソクチョン、キム・チョグァンスからツイッターのスターたち(?)まで、多くの人を見た。クィア仲間たちも一堂に会することが出来て、いろいろと幸せな時間だった。

 

そのような幸せを育ててくれたのは、やはりエキサイティングなイベントだった。徳寿宮側広場正門方向と旧市役所横でキリスト教団体が反対デモをしていたが、太鼓の音やスローガンコールが思ったより楽しかったため、たくさんの人がその辺りで遊ぶこともした。文化祭のステージイベントもとても充実していて楽しかったが、プロの姿が見えたら見る人ももっと楽しく迎えるのではないかと思う。


こうした行事にはやはり音楽は欠かせない。 舞台やパレードではさまざまな音楽が流れていた。 ビヨンセの「Crazy In Love」、レディー・ガガの「Born This Way」からブルーノ・マーズの「Uptown Funk」、オムジョンファの「裏切りの薔薇」などの多彩な音楽と接することができた。 中にはアイドル音楽も含まれていて、SISTARの「Give It To Me」「Lovin'U'」、BoAの「Kiss My Lips」、EXOの「Growl」、REDVELET「Ice Cream Cake」、ガインの「Blooming」「Paradise Lost」、ヒョナの「パルゲヨ」、少女時代の「また巡り逢えた世界などかなり多くの曲が流れた。 そのおかげで楽しく歌ったりもした。

 

アイドルは異性愛中心主義に見えるが、これらの曲をクィアパレードの中で楽しむというのは面白いことだ。 単純に考えると楽しい雰囲気そのものを楽しむものであって、あまりにも皆に愛されている有名な歌だからかもしれない。 しかしこれは同時に反転の場面であり、また、他の再現の瞬間でもある。 アイドル音楽で意味を探したり、他の意味を解釈して受け入れこともあるのだ。

それならアイドル音楽をどのように解釈すればクィアパレードにおいてこれを「意味」を持って楽しむことができるだろうか。 方法は意外に簡単だ。 クィアの観点からアイドル音楽を聞いてみることだ。 少女時代は誰が見ても「スーパーヘテロ」だが、これらの曲の中でも「また巡り逢えた世界」は違う意味を持つように聞こえたりもする。 クィアが自分のアイデンティティに出会った後、再び接する世界に対する感情を語る時にとても当てはまるような歌詞を持っている。 f(x)の「NU ABO」の場合は愛の対象と"オンニ(お姉さん)"という呼称が重なったりもする。 このように同じ歌詞も、誰がどう読むかによって変わり得るものだ。

 

愛してる君をこの感じのまま描いた迷いの終り
この世の中で繰り返す悲しみにもうさようなら
たくさんある知らない道の中にかすかな光を私は追いかけて
いつまでも一緒にいるまた巡り会えた私の世界

–少女時代「また巡り逢えた世界」

 

私の話聞いてくれませんかオンニ? I'm In The Trance
今のこの感情は何ですか? わたしは初めてなのに

–f(x)–「NU ABO」

 

意外にも女性の欲望を現したヒョナなどの曲も十分に意味があるように解釈することができる。 キムワンソン、オムジョンファ、イヒョリがゲイのアイコンだった点を考えれば、三人の共通点がどのような部分かという点で理解することができる。 彼女たちにはそれぞれの理由があるはずだ。 例えば、オムジョンファの場合はヴォーギングを借用するなど積極的にゲイたちの文化を吸収しており、かなわない愛を盛り込んだ歌詞、性的魅力の表出などがその理由だった。 ゲイのアイコンの中にはカリスマのある女性ソロ歌手が多い。 これらを集めてみるとある程度「こっちの人間たちの」の好みを読むことができるが、だからといって彼らが偏狭に楽しんでいるということはない。

 

クィアもアイドルが好きだ。 アイドルはおおむね皆に幸せをくれる存在だ。 ゲイアンセムとしてのアイドル音楽もまた十分に想像することができるし、またすでに先達も存在する。 考えてみたらBoAは2009年にサンフランシスコのゲイ・パレードに参加したりもした。 これからはもしかしたらQueer Culture Festivalにアイドル出演の提案も可能じゃなかろうか。だから、今年の良い祭りを経験した方は是非サポートをしに行こう。 サポートに力を入れればもっと素敵で充実した祭りを見ることができるだろう。


クィアヘテロイメージのアイドルが好きだ

たまに悩みが押し寄せてくる時がある。 自分の政治的な、あるいは個人的な信念とは関係ないように感じられる何かを楽しむとき、「自分がこれをこんなに楽しんでもいいのだろうか」と感じる悩みだ。 実際には「何を」楽しむかということより「どう」楽しんだのかという事も重要だと思う。 批判的に解釈したり、逆に自分なりの解釈を加えて楽しむかもしれないのだ。 そんなに深刻ではないものの、深く掘り下げてみると反転的に解釈したり、フェミニズムあるいはクィアの観点で解釈して楽しむことができることが確かにある。 もちろん、勇敢な兄弟の歌詞やユセユン、チャンドンミンなどを転覆的に楽しむ事は難しいけど、少なくとも面白く接することのできる領域は幅広くなる。

 

フーコーロランバルトなどが言う文化の構造主義的アプローチというのは「意味は構築すること」であり、象徴的なアプローチを反映すると言う。実際に一つの作品を読んだときに、その中で見つけることができる(あるいは作り出すことができる)象徴的なアプローチはさまざまである。これは、記号論を含むいくつかの調査が成し遂げた成果でもあるが、人々が文化の中で象徴体系を共有しているからこそ可能なことでもある。それゆえに作品というもには、完成された瞬間に創作者の手を離れて一つの生命体のように有機的に構成されていくというような事を言う人もいる。

 

アイドルというテキストはいつでも開いている。これは、絶対多数が別段悩む事もなく楽しく接することができるものだが、クィアフェミニストたちはその中でもある程度のクオリティと意味を考えていくつかの異なる楽しみ方をする。ここには各自の性指向性など、もう少し複雑な分岐が混在しているだけでなく、私の話したことが関連した話の全てというわけではない。今後クィアとアイドル、フェミニズムとアイドルの話もっと悩んで、まとめて書くことが私なりの課題ではないかと思う。ここで多くの人がアイドルを能動的に深く楽しみ、idologyが多くの愛を受けるよう願っている。


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「アイドルはおおむね皆に幸せをくれる存在」って素敵なフレーズ。
文中でも触れられていますが、BoAは2009年のサンフランシスコのLGBTQプライドパレードに出演しています。当時はサンフランシスコゲイプライドというタイトルでしたが。
当時BoAはアメリカでも活動をしており、ゲイクラブでも公演したりしていたからか、複数のプライドパレードからも出演依頼があったそうです。
https://youtu.be/LavtQFvqFss

 

そういえば2010年前後のゲイクラブでもKPOPナイトがわりと頻繁に開かれており、Kドルパロディのクラブフライヤーをいくつか見かけたことを思い出しました。自分が見かけたのはオレンジキャラメル・T-ARA・f(x)などほぼ女子アイドルのパロディでしたが、以前からKPOPのcampだったりqueerだったりする感じは気になっていたので、イヒョリやオムジョンファが韓国のゲイアイコンだったときいて膝をうつ思いがしました。