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サンダーエイジ

韓国のアイドルとか音楽についての自分が後で読み返ししたい記事のふんわり訳と覚書。

【ize訳】EXO「LUCKY ONE」VS EXO「MONSTER」


EXO「LUCKY ONE」VS EXO「MONSTER」
2016.06.13

http://m.ize.co.kr/view.html?no=2016061220137268151


最近カムバックしたEXOのダブルタイトル、「LUCKY ONE」と「MONSTER」は、完全に異なるスタイルを繰り広げている。それぞれの曲が表すEXOの現在に対して、音楽評論家ソソンドクとファンヒョジン記者が話した。


「MONSTER」、EXO式SMPの結晶

「MONSTER」は、これまでEXOとSMエンターテイメント(以下SM)が示したコンセプトを極限まで押し通した結果のように見える。地球外惑星から来た存在、すなわち、普通の人間とは違うEXOのアイデンティティは「怪物」というキャラクターで表現された。誰かに深く陥るという内容の歌詞とは全く関係がないが、メンバーたちが武装勢力に対抗し戦って、最終的にはすべて一緒に脱出に成功するというストーリーのミュージックビデオは、EXOがティーザーなどを介して一体感を強調するために活用していたイメージとも共通している。加えて、これはH.O.T.の「戦士の末裔」や「열맞춰」、神話の「ALL YOUR DREAMS」のように、SMの得意な「抑圧に抵抗するアイドル」の壮大さを受け継いだものでもある。

いわば「MONSTER」は、これまでEXOとSMが積み重ねてきた成果があるために光を放つ曲である。音楽そのものの力ではなく、主にコンセプトやストーリーテリングによるものという意味だ。インストゥルメンタルトラックを聞いてみるとさらに確信に至るが、歌詞を除いた曲はメロディーよりドラムビートと警告のシグナルのような不吉な電子音が浮き彫りにされており、そのために「うなり声」だけが耳に容易に入らないだけでなく、大衆的なパフォーマンスを実現することも容易ではなさそうだ。直感的な魅力がない曲をカバーするものはキャラクターとパフォーマンスだ。自分が愛する女性にアプローチする人たちに向けて警告のメッセージを送った「ウルロン」、そして自分が相手に対して残酷な愛を感じるという内容の「OVERDOSE」を折衝する深い恋に落ちた自分の危険性を明らかにして「MONSTER」が誕生する。メンバーは現在9人だが、お互いに体を積んで重ね立体感を作り出したり、ミュージカルの一場面のような演技を見せたり、「X」文字に隊列を交差させてボリューム的な錯視を引き起こす振り付けなどは12人時代の舞台と比べても全く寂しく見えない。多くの人員を運用するSMのノウハウ、それを忠実に習得したEXOの消化能力が合わさって「MONSTER」は、生命力を得るものである。

「ウルロン」の後EXOは一般的に認知されるようになったが、それはすぐに人気が出たアイドルという意味ではない。幅広い層に消費されるグループとボーイズアイドルグループはイコールではない。何よりも独創的なストーリーテリングをベースにしたEXOの世界観は新しいファンの進入を容易にし、「MONSTER」は、EXOとSMの歴史を知っているほうがより楽しむことができる曲でもある。しかし、その中で、既存のファンを満足させるに十分な繊細なストーリーテリングを続けながらも、あまり負担にならない程度のゴス・ルックとファッショングラビアのように演出したティーザーイメージなどは、ファンドムはもちろんその外側との接点まで考慮した企画の産物のように見える。 「MONSTER」がEXOの最高傑作とは言い難い。ただし、いくばくかの時間を過ごしたEXOとSMだからこそ難なくこなすことができるすべての要素をきちんと入れた、まさにEXO式SMP(SM PERFORMANCE)のルックブックのようなものであることは言えるだろう。

[ファンヒョジン記者]


「LUCKY ONE」、ニューレトロへの参入

EXOの「LUCKY ONE」はファンキーなダンスナンバーで始まり、最近の流行りの傾向に合わせたディスコのリズムを経て、2000年代初頭アシッドハウスを連想させるピークまで進む。それぞれのジャンルをその中で必要な文法に合わせて完成し、適切に組み合わせる。滑らかであるという意味での洗練という言葉を使えば、現在のアイドルポップの分野で世界最高水準といっても過言ではないだろう。興味深いのは、「XOXO」以降のEXOあるいはSMが見せてくれたものとは一歩もひけをとらないが、今時のポップスのセンスであるというよりも、ニューレトロの対象に編入された2000年前後の時代を連想させるという点である。適切にプロダクションされているため、より確実に表れている。

ミュージックビデオを見て欲しい。冷たいメタリックな研究所、実験対象に見える主人公たち、人間ではないような監視者たち、脱出しようとする試みとその不条理な結末を描く。いわゆる世紀末のビジュアルアートでおなじみのテーマと表現方法である。妙な既視感は、私たちが相当の期間90年代の文化的な恩恵を受けたクリエイターの作品を見てきたのと同じことが、今度は2000年前後を対象に繰り返えされかねないということを想起させる。女性モニターのフェイスシールドと頭が爆発するシーンは否定することができないほど宣言的である。サウンドとビジュアルが一つの価値を共有しており、それは一般的なものではないながらも実際聴きづらいというわけではないという、特定の味を指すという点で印象的である。最も新しくなければならないがまた同時に失敗してはいけないEXOに、このような絶妙さがまだあるだろうか?

そしてここにきて、しばらくの間表面的にはあらわれなかった「MAMA」時代の超能力コンセプトとそれに関連するストーリーテリング、カイの突然のダンスが合流する。ここでSMPは決して死んだり消えたりはしておらず、当然EXOはSMPの継承者であるということが認識されている。もちろん「MONSTER」と「LUCKY ONE」と過去のミュージックビデオを関連づけて解析を共有し世界観を楽しむことは、新たに追加された楽しみである。しかし同時に、パフォーマンスのためにストーリー上の脈絡を削除したり無視したりすることは、それ以上に永遠の伝統である。それ故に「LUCKY ONE」は神話が今もSM所属であったなら発表していたのではないかと思わせる歌のように見える。古くなったという意味ではない。 20年以上の流れをみれば説明がつくことだが、2016年の時点で正しくアップデートされたのだ。個人的にはSMを十分に尊重して理解していると思っていたが、不足していたのかもしれない。

[ソソンドク(音楽評論家)

 

 

 

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個人的にはLUCKY ONEのが好きですが、どちらかというとダンスより音重視だからかも。

見る分にはMONSTERの方が面白みがありますが、音だけで聴くときはLUCKY ONEのが楽しいです。

謎解き系MVはVIEW数稼ぎにも絶大な効果があるときいてなるほどー!と感心しましたが、SMをずっと見てきているソソンドク氏も書かれているように明確な答えときちんとした辻褄があるわけでもないので、真剣になりすぎずみんなで解釈をシェアしあうのがいちばん楽しいのかもしれないと思いました。